第24話 ターゲット追尾と親指AF
「来ちゃいましたね」
ぼくは開けた景色を目の前にしてそう口にした。
「来たね」
先輩は風になびく髪を片手で押さえながら、応えてくれた。風には少し潮のかおりがした。
——ゴォーーーー——
ぼくらが見ている前で、ジェット旅客機が排気音とともに滑走路へと降りていった。
写真部一同は、電車とバスを乗り継いで、埋め立て地の公園に来た。また撮影会だ。150mほどの幅の水路の向こうは国際空港だった。滑走路まではわずか400m。間近に見える距離を、旅客機が次から次へと着陸した。
「ええと、目標を白い四角に合わせて、親指で『AF-ON』ボタンを押す……」ぼくは借りてきたZ6に望遠レンズを装着し、先輩に教えてもらった撮影モードを設定して、飛行機を追いかけた。親指のボタンを押すと四角い枠が黄色に変わった。「本当だ、ピントが合って、ずっと飛行機を追いかけてる」
「それが『ターゲット追尾』というAFモードよ」先輩も同じように望遠レンズを構えて、ぼくに説明してくれた。「親指のボタンでピントを合わせ続けて、これは、というタイミングでシャッターボタンを押せば撮れるわ」
「はい」
バシャッ! バシャッ! バシャッ!
連射モードを低速連射に設定したので、それなりの速さで連射になった。旅客機の着陸なら動きがあまり速くないので、これで十分みたいだった。
ガガガガガ!
隣で機関銃かと思うような音がした。先輩がF3に望遠レンズをつけて、連射していた。カメラの下に箱みたいな部品が追加されていた。どうもそれで連射できるらしい。
「あっと、1本終わっちゃった」先輩は顔の前からカメラを下ろした。「今日は何本撮ろうか…」ぶつぶつ言いながらフィルムを取り出し、カメラにセットした。
「レンズは、この前見せていただいたAF-S 300mmですか?」
「そう。それに2倍のテレコンバーターつき」先輩が答えた。「モータードライブMD4もついてるから、簡単に1本撮っちゃうわ」
「重そうですね」
「そうね」
こともなげに言うと、先輩はまたカメラを構えた。Tシャツの半袖から白く細い腕が伸びて、よくそれで望遠レンズを持てるなと思った。
風がまた、黒髪をなびかせた。
ぼくは、部室から借りた150-500mmのレンズをZ6につけていた。なんと、機種によっては旅客機が画面からはみ出すほど大きく撮れる。
さっき撮った写真を再生して確認し、またカメラを構え、レンズを次に来る旅客機に向けた。
——ターゲット追尾モードは、他の写真を撮るときも使ってみるといいわ——
昨日部室で聞いた、先輩の言葉を思い返していた。
——ピントを合わたい場所に四角を合わせて、親指で追尾させれば、構図を変えてもピントがずれないし、普段からこのモードを使っていれば、急に飛行機を撮ることになっても、モードを間違えないから——
なるほどーと思ったが、街角で撮影していて突然飛行機のアップは撮らないだろうと気づいた。とはいえ、自分で能動的にピントを合わせる場所を決めるのは、大事なことかもしれないとも思った。
——シャッターボタンではピントを合わせられないから、誰かに撮ってもらうときは注意が要るけどね——
先輩はこうも付け足した。先輩と並んで撮ってもらうとしたら、気をつけないといけないか……それはいつだ?
などと考えているうちに旅客機が画角いっぱいに大きくなった。ぼくは人差し指でシャッターレリーズボタンを押した。
バシャッ! バシャッ! バシャッ!
一通り写真を撮ってから、昨日書いたメモをリュックから取り出してみた。
・フォーカスモード:AF-C
・AFエリアモード:オートエリアAF
・カスタムメニューf2:Fn1ボタン(レンズ脇の右手中指で押すボタン)にターゲット追尾モードを設定
・カスタムメニューa1:AF-Cモード時の優先をレリーズに(これでシャッターボタンでピントを合わせられなくなる)
なんだこの呪文……。
カメラ系インフルエンサーの動画で、こういう設定を「親指AF」ということを昨晩知った。特殊なカスタマイズみたいに思ったが、このモードで何でも撮るようにすれば被写体ごとにモードを切り替える必要がないので、とっさの時に失敗しにくいという話。そういうものかなと思いつつ、今日からZ6で「親指AF」を試すことにした。
ちなみに、Z9以降のニコン機では「ターゲット追尾」ではなく「3D-トラッキング」というらしい。新しいカメラの方が便利そうだけど、Z6でもそれなりに使えるということのようだ。
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