第6話 花咲さんのカメラ
「ごめんなさい、遅くなりました!」
花咲さんが息を弾ませながらやって来た。
「大丈夫。まだちょうど集合時間だから」
「すみません。支度に手間取ってしまって……」
「いやいや、時間通りなら全然問題ないよ」
部長が花咲さんにそう話した。
花咲さんは春らしい色合いのカーディガンとパンツ。外で見ると髪の色がより明るく見える。肩にはベージュの小さいバッグを下げていた。
「花咲さん、そのバッグ本格的だね」僕はそう話しかけてみた。
「これ? お父さんが入学祝いに買ってくれたの。小さくてもちゃんとしたカメラバッグなんだって」花咲さんはそう応えてバッグのフタを持ち上げ、中を見せてくれた。
「本当だ、クッションがちゃんと入ってる!」バッグの中にさらに厚手の袋があり、そこに小さい白いカメラが収まっているのがぼくの目にも分かった。
「ニコン1じゃないか!」
部長もちょうどカメラバッグを覗き込んだところで、突然、驚きの声を上げた。
「はい?」
「ちょっと見せてもらえるかな」
「ええ」
花咲さんは白くて四角っぽいカメラを取り出した。同じく白いレンズがついてる。全体的に四角く見えるカメラで、レンズの上のところにもぼこっと四角い出っぱりがある。
「お父さんにもらったカメラがこれなんです」
「いきなりすごいカメラが来たな」部長が感心して言った。
「そうなんですか?」
「ニコン1V1。ニコンが2011年10月に販売を始めた、ニコン初のミラーレス一眼だよ。公式には『レンズ交換式アドバンストカメラ』と言うんだけど。それにしてもV1、それも白を使ってる人は初めて見たよ」
「そんなに珍しいんですか? 私もこの表彰台みたいなデザインが不思議だと思ってましたが」花咲さんはカメラを胸の前に掲げて改めて眺めた。
「珍しい。使ってる人は多くないし、年代的にそろそろ壊れる頃合いだ。中古屋でもなかなか見かけない……」部長は腕組をして感慨深そうにそう語った。「君のお父さんは、いったい何者なんだろう?」
「ただの会社員です」そっけなく花咲さんは答えた。
「君はこのカメラのこと、どれくらい分かる?」
「このボタンで電源を入れて、ズームを回して、シャッターがこれです。あと、ここのダイヤルが違う位置に行きやすいからって、お父さんがテープで止めてくれました」
花咲さんはカメラの裏側を見せてくれた。右上の親指がよく当たりそうなところに花柄のマスキングテープが貼ってある。その下にくだんのダイヤルがあるらしい。
「一通り使い方は分かってるね。レンズも外れるって知ってた?」
「ええ。でも、なんだか怖くて外したことありませんでした」
「怖がることはないよ。簡単だから、君もやってみて」部長はそう言うと、手本を見せるように自分のD700のレンズを外した。
「そうなんですか」花咲さんはカメラを持ち替えると、右手でレンズの横のボタンを押して、左手でレンズをくるっと回して外した。「なるほどー」
花咲さんはレンズを一度カメラにつけると、カメラバッグの奥に手を突っ込んだ。
「実はお父さんにこっちももらったけど、まだ使ってませんでした」バッグから出した左手には、白くてちょっと長いレンズがあった。
「ああ、30-110mmレンズだね。この望遠ズームは評判がいいんだ」
「そうですかー。というか、部長よくご存知ですね」
「まあ、雑誌やネットの受け売りだけどね」
「そんないいレンズなら、今日から使ってみます」話しながら花咲さんは再びレンズを外し、新しく出したレンズの後ろのキャップを外してカメラに取り付けた。「本当だ、簡単ですね!」
花咲さんが、レンズの交換を初体験したらしかった。
「ああ、やっと来た」
集合時間から30分が経った頃、ニコ先輩が現れた。黒いパーカーに細いジーンズ。肩から大きいカメラバッグを下げている。すごい重そうだ。
「おはよう」
「10時の集合時間は君が決めたんじゃなかったのかな」
部長がちょっと皮肉っぽく言った。
「そうでしたね」
なんだかぼんやりした返事が返ってきた。長い黒髪が顔に落ちて本当に冴えない顔をしている。
「さっそく新入部員に先輩の弱点がばれてしまったね。彼女は朝に弱いんだよ」
「朝に弱いんじゃないです。地球が回るのが早すぎるんです」
昨日の自信たっぷりな声とぜんぜん違う、ぼんやりした屁理屈が返ってきた。ぼくらはちょっと戸惑ったけど、部長は慣れてるらしく普通にニコニコしていた。
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