第7話 レンズの焦点距離
「今日はいい天気だから、この公園にあるものを何でも好きなように撮ってみよう」
この部長の言葉で、撮影会が始まった。
「何か面白い物がないか、よく周りを観察してくださいね」
「花壇の花がいい感じなので、私はまずこれを撮りたいです」
花咲さんが池の近くにある花壇に向かい歩き始めた。ガーベラやチューリップが鮮やかに咲いている。彼女についてぼくらもゆっくり移動を始めた。
ニコ先輩も一緒に歩きながら、慣れた手つきでカメラバッグを開け、中からカメラを取り出した。入学式の日に見たのと同じ、大きいレンズのついた黒い四角ばったカメラだ。
「先輩、今日もフィルムカメラなんですね」
「ええ。F3よ。レンズも入学式の日と同じのを持ってきたわ」
そう話しながら、キャップを外し、レンズの前に黒い金属のパーツをねじ込み、さらにカメラのシャッターボタンのところで何か操作した。
「今日のテーマは『スマホと違う写真を撮る』に決めたから。まずは望遠レンズを体験してもらうわよ」
カメラの準備ができたときには、先輩から寝ぼけた雰囲気が完全に消えていた。カメラのストラップを首にかける仕草も、なんだかかっこよく見えた。
「やっぱり、そういう大きいレンズだと大きく撮れるんですか?」
先輩は公園の芝生に生えた一本の木にカメラを向けると、レンズの外側をくるくる回し、シャッターを切った。
バシャ!
そして、右手でレバーを回した。
シャッ!
「このレンズは85mmだから、ちょっと大きく撮れるわね」
「85mm?」
「大きく撮れるかどうかはレンズの大きさじゃなくて、『焦点距離』と『フォーマットサイズ』の相対的な比率で決まるのよ」
「え?」
「大きいレンズでも、逆に小さく、その分広く写せるレンズもあるの…、あ、ごめん。難しかった?」
ぼくがポカンとしていると、先輩が話を止めた。
「ええと、まず、『ハチジュウゴミリ』からいいですか?」
「最初からね」
「すいません」
「謝ることはないわ。知らないことはどんどん聞いて♡ 私は何でも興味を持って聞いてくる人が好きよ!」
先輩が屈託なく「好きよ」なんて話した。どきっ。そういう意味じゃないはずだけど。
「写真のレンズは、要は凸レンズなのよ。虫メガネと本質的には同じ」立ち止まってそう言うと、先輩は自分のカメラからレンズを外した。「ほら、太陽に向けると、虫メガネみたいに焦点ができるでしょう」
芝生にしゃがんで、レンズを太陽に向け、反対側を地面ギリギリまで下ろした。レンズの丸い影の中心に、確かに太陽光が眩しい焦点を結んだ。
「虫メガネと焦点の間の距離が『焦点距離』。写真のレンズも、同じように、それぞれ焦点距離があるの。85mmや50mmという数字はそれを表してるの。そして、この数字が大きいほど、大きく写真が撮れる。ほら、覗いてみて」
先輩はレンズをカメラに取り付けると、首から外してぼくの前に差し出した。
ぼくはおそるおそる先輩のカメラを受け取ると、ファインダーを覗いた。
「ああ、ちょっと大きく見えます!」
「それが85mmの画角よ。35mmフィルムの標準レンズは50mmだから、それよりちょっと大きく撮れるわ」
「すごい! 明るい! あ、これがピントですね!」
ぼくはファインダーの中の景色が面白くて夢中になり、先輩の説明が片方の耳から反対の耳に通り抜けてしまった。なにしろ、景色が少し大きく見えるだけではなく、ぼくのカメラよりはるかに明るく見えたから。そして、レンズの外側をくるくる回すと、景色がぼやけたりはっきりしたりした。
「そうよ。説明が省けたわ。そのレンズの前の方の回るところがピントリングよ。マニュアルフォーカスではそれでピントを合わせるの」
「ありがとうございます! こんなにきれいに見えるんですね!」
「喜んでもらって私も嬉しいわ。あと、聞こえてなかったかもだけど、『35mmフィルム』の35mmはフイルムの幅が35mmという意味で、焦点距離とは別の寸法だからね」
「はい」
先輩が後半何言ってるかよく分からなかったけど、ぼくはとりあえずそう答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます