第3話 白黒写真


「先輩、どの写真も素晴らしいですね」ぼくは、テーブルに広げられた写真を改めて見て感心した。「それに、白黒写真の本物って、初めて触りました」

 写真に写った新入生の顔は、晴れがましさや不安などの気持ちがありありと見て取れた。

 そして、それらの写真は、どれも色がないモノクロ写真だった。

「これはニコさんが撮った分。カラーは僕が撮影してあるよ。PCの中にある」部長が指した方に、机の上にパソコンのモニターとキーボードが置かれていた。「インク代がもったいないから、展示用か、応募用の写真しかプリントしないんだけどね」

「え、この写真はインクじゃないんですか?」

 ぼくはなんだか間抜けな質問をしてしまった。

「印画紙よ。そこのネガフイルムを引き伸ばしてプリントするの」 色消先輩がそう言って、フイルムが何列か入った透明な袋を僕の前に出した。

「フイルム? ああ、これがそうなんですね!」ぼくはその袋を手に取り、光にかざした。映画のフイルムのように四角い穴が並んであいてる。「本当だ、白黒が逆になってる」

「モノクロのネガフィルムはここで現像できるから、私もフィルムで撮るようにしてるの」

 先輩が少し目を細めて言った。

「ゲンゾウ?」

「それに、うちを探したら引き伸ばし機があってね」心なしか声が弾んでいるようだった。「なんだ、プリントもうちでできる! って分かって、さっそく入学式の写真をプリントして持ってきたわけ」

「ヒキノバシ?」

 先輩はよく分からない言葉を使った。


「それに、このカメラは気に言ってるわ。40年以上前に発売されたフィルムカメラだけど、シンプルでかっこよくて、軽くて、ファインダーの見え方も最高」まだ声が弾んでいる。

「色消先輩、すごいですね!」

「ニコでいいわ」

「じゃ、ニコ先輩、そんな古いカメラが扱えるんですね」

 ぼくは、ダイヤルやレバーやボタンがあれこれついているそのカメラ見ながら、よくそんないろいろ操作できるものだと、感心していた。

「古いといっても、24年前まで生産されてたから……ああ、もう四半世紀も前か。ニコンF3ていうカメラなんだけど、そんな難しくないから、こんど使ってみて♡」そう言って先輩は黒くて四角ばったカメラを顔の前に掲げた。

「雰囲気いいでしょう。色がないのに、桜のピンク色の花びらがひらひら落ちていくのが見えるわ」花咲さんも写真を眺めながらそう言った。

「あなた、その写真気に入ったのならあげるわよ」

「いいんですか!?」

「もちろん。あ、君も写ってるから、焼き増ししようか?」

「ヤキマシ?」

 さらに耳慣れない言葉が出てぼくは戸惑った。

「ネガフイルムからもう一度プリントすることよ」

 先輩はフィルムを窓に透かしながらそう説明し、フイルムの袋に丸をつけてぼくに示した。丸で囲まれた中では、人が白黒反転して小さく写っていた。きっと花咲さんとぼくだ。

 さらに話をつづけた。

「それから、『ゲンゾウ』は現像、撮影したフィルムを薬品で処理してそれ以上感光しないようにして、ネガ画像を定着するの。『ヒキノバシ』は映写機みたいに印画紙に像を映して感光させる作業よ」

 ぼくが疑問に思った用語をすらすらと解説してくれた。

「ええと、JPEGでよければなんだけど」後藤部長がおずおずと話しかけた。

「あ、そうか。データでよければ持ってって♡」ニコ先輩がふわりと髪をなびかせて移動し、パソコンを操作した。「現像が終わったネガは一通りスキャンしてあって、いつもはそのデータをプリントしてるの。自分が写ってる写真はここからコピーしていっていいわ」

「データにできるんですか?」ぼくは感心して言った。先輩の頭越しに見ると、モニターにさっき見た写真が映っていた。

「もちろん! 詳しくはまたあとで教えるね♡」

 先輩はこちらに向き直って微笑んだ。

 びっくりするほど近くで、屈託のない笑顔とぼくは対面した。

 どきっ。

 心臓が少し強く脈打った。

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