第32話 ISO感度の話

「今日は、この前の露出の話の続きをしたいと思う」月曜日の放課後。駅前のスナップ写真をパソコンで眺めていると、部長が来て話した。「シャッタースピードと絞りの話はニコさんから聞いたよね」

「はい」なんだか唐突だなあと思いながらぼくは返事をした。

「唐突なのはしょうがないよ」先輩は肩に下げていたD700をテーブルに置きながら話した。「駅前スナップという予定外の話を挟んだからね」

「予定外といえば、そうですね」

「シャッタースピード、絞り、から立て続けにレクチャーじゃ飽きちゃうでしょう」

「飽きますか?」

「君は飽きないと思うけどね」

 じゃあ誰が飽きるんだろう? わからなくて、ぼくは首を傾げた。


「ニコさんはフィルムカメラばかり使っているから、説明を後回しにしたようだけど」花咲さんとニコ先輩も部室に来たので、部長が本当に露出の話を始めた。「カメラの露出を決める第三の要素はフィルムやセンサーの『感度』だよ」

「『感度』ですか」どこかで聞いたような気がして、ぼくは言葉を繰り返した。

「部長、でも」ニコ先輩がちょっと口を挟んだ。「写真の描写だと、露出はシャッタースピードと絞りで決まってくるから、感度のことは後回しでもいいと思うんですが」

「写真1枚ごとに感度が変えられるのがデジタルカメラだから、早めに説明したほうがいいと思うよ」

「でも、露出の話だけで5本も続いたんですよ」ニコ先輩がもう少し反論した。ところで『5本』って何? 「露出の第三の要素なんか続けざまに説明して、みんな理解できるかしら」

「気にすることはないよ」部長が笑顔で言った。「今は十分理解できなくても、後で今日の会話を振り返れば、改めて理解してもらえるかもしれない」

「ああなるほど」先輩は急に何かに気付いて、部長に同意した。「そうですね。今日の会話を読み返してもらえばいいだけでしたね」

「読み返す?」なんかひっかかったので、ついぼくの口から言葉が出てしまった。

「もしかしたら」先輩はぼくに向き直って答えてくれた。「この会話が文字情報として広大なネットのどこかに残ってるかもしれないじゃない」

「え? そんなことあるんですか?」

「ネットは広大よ。何があっても不思議じゃないわ」

「そういうものですか……」


「ほら、NX Studioの『ファイル/撮影情報』の『ISO感度設定』に出てるだろう」

 ぼくと部長がパソコンに移動して写真を見ながら会話を始めた。

「君が借りているZ6は標準ISO感度がISO100、僕のD700は標準ISO感度がISO200なんだ。それで、設定してあるので、暗いところでは自動でISO感度が大きくなる。ISO感度は大きくなるとそれに比例して明るく写るから、ISO100に対してはISO200は1段、ISO400は2段、ISO800は3段、ISO1600は4段明るく写ることになるんだよ」

「ああ、整数だから何倍明るく写るか分かりやすいですね」

「そうだね。ちなみにISO感度は昔は『ASA』と呼んで『アーサー』と言っていたんだよ。『ASA100』とか『ASA400』とかね。デジカメの感度は同等なフィルムのISO感度で表しているから、同じ感度のフィルムなら同じ明るさで撮れると考えていい。ただ、感度はフイルムごとに決まっていたから、一度フイルムを入れたら、基本的に感度は変えられなかったんだ」

「昔は不便だったんですね」

「そうは言っても、現像処理で『増感』や『減感』ができたから、違う感度の設定で撮影することもできたんだ。フイルム1本ごとの調整になるけどね。あと、ネガフィルムならプリントするときの焼き付けで調整もできたから、フィルムでもけっこうなんとかなったものだよ。特に白黒写真はね」部長が昔の感度がどうだったか教えてくれた。もう少し知識がついたらあとで読み返してみようかな。「あと、昔はフィルムの感度が全般に低かったんだ。戦時中の写真だと白黒でもISO50、カラーだとISO6とかだったからね」

「ISO6ですか」先輩の長いセリフが終わったようなので、一言感想を言った。「連合艦隊長官みたいですね」

「それは100万回は言われた話だね」

「しまった」><。

「君の名前と二違うだけだから」部長はにこやかに言った。「君がそう反応するのは至極まっとうだと思うよ」

「名前覚えていてくれてありがとうございます」

「ISO6はISO200に対しておよそ1/2^5。つまり5段暗いんだ」部長が説明を補足してくれた。「1/250秒で撮れる写真も同じ明るさにするには1/8秒にしないといけない。レンズをF5.6からF1.4まで4段明るくすれば1/125秒で撮れるけど、今度はピントが厳しくなる。それに、あの頃開放1.4のレンズは高級レンズだから、本当にプロの機材だったんだな」

「そう考えると、高校生がISO200のカメラを自由に使えるって、時代は進歩してますね」

「その通り。科学は人を自由にする!」

 部長が突然メガネを白く光らせて叫んだ。「日本の一眼レフは世界一ィ!」とか言いそうな勢い。

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