第10話 もっと大きく写そう

「先輩、私もその望遠レンズ見せてもらえますか?」

 ニコ先輩の望遠レンズ講座は、実は隣で花咲さんも聞いていた。

「いいわよ。今F3につけるから」そう言って、先輩はさっきまでの85mmに換えて300mmを先輩のカメラに装着した。「オートフォーカスのレンズもフィルムカメラで使えるのがニコンのいいところよ。最新のレンズはそうもいかないけれど。どうぞ覗いてみて♡」

「本当だ。大きく見えますね!」花咲さんがニコ先輩からF3を受け取ると、ファインダーを覗いてピントリングをぐりぐり回しながら言った。

「これはフィルムカメラだから、300mmそのものの画角よ」ニコ先輩が補足した。「でも、『写真に写る大きさは焦点距離とフォーマットサイズ』って話したでしょう。花咲さんのV1は、さっき見せてもらった30-110mmのレンズの110mmで、だいたい同じ大きさに撮れるはず」

「ああ、たしかに、あのレンズでズームすると、同じ大きさかもしれません」花咲さんも焦点距離と写る大きさを理解したようだった。それからおもむろに訊いた。「先輩、110mmが300mmになるということは、300mmをこのカメラにつけると、どうなるんですか?」

「え?」

 カメラをニコ先輩に返し、改めてV1を手にした花咲さんの質問に、先輩がちょっと驚いたようだった。

「撮影会と聞いたら、お父さんがこれも持って行ったほうがいいって」そう言って花咲さんは、バッグの下の方から、黒いレンズみたいなものを取り出した。「これを」

「「マウントアダプターFT1!」」

 ニコ先輩と後藤部長が同時にその名前を呼んだ。

「何ですか、それ?」ぼくだけ蚊帳の外だった。

「ニコンの一眼レフのレンズを、ミラーレスのニコン1で使えるようにするアダプターよ」そう説明しながら、FT1を受け取った先輩は前後のキャップを外すと、300mmの付け根に装着した。そして、花咲さんから受け取ったV1に装着しながら聞いた。「あなたのお父さん、いったい何者なの?」

 「ただの会社員ですよう」

 少し膨れ面になった花咲さんを無視して、ニコ先輩はカメラの電源を入れ、背面液晶が映るのを確認し、それを花咲さんに渡した。

「ほら、覗いてみて」

「うわあ」

「換算810mmよ」

 本当にびっくりしたような顔で花咲さんはカメラを顔から離すと、ぼくにも貸してくれた。ぼくもそのカメラのファインダーを目に当て覗いてみた。

「お、大きすぎる!」かなり遠くにあった木が画面いっぱいに写っていてぼくは感嘆した。

「でしょう。フルサイズでその望遠を使おうと思ったら、自動車が買えるわ」

「それに、男の腕でも持つのは厳しいはずだ」

 「810mm」という望遠レンズのすごさをニコ先輩と後藤部長が話した。

「でも、画像がプルプルして、まともに撮れる気がしないです」

「その通り。望遠レンズは大きく撮れるけど、その分ブレやすいの。気をつけてね」

「分かります。分かります」

「ピントはオートフォーカスでなんとかなると思うけど」

 ぼくはすっかり感心しながら、「ありがとう」と花咲さんにカメラを渡した。


「ちょっと貸して」ニコ先輩が急にそう話して、300mmを装着したV1を再び手にした。そして、背面液晶を見ながら何か操作し、近くの木にレンズを向けた。そのすぐ後に何枚か連続で撮影した。「コゲラよ」

 先輩が液晶に写った写真を見せてくれた。背中に白黒の横縞のある小鳥が木の幹に止まっているのが写っていた。

「キツツキの一種。ギーギーという鳴き声で分かるわ」

「こんなところにもキツツキがいるんですね!」驚いたような声で花咲さんが言った。

「いるのよ。意外な生き物が」

 そして、先輩は話を続けた。

「写真はカメラがあれば写す可能性は手に入る。だけど、カメラを持っていても、その人が写すべきものを見つけられなければ、何も撮れないわ。今もどこかで、世界には写真に残したくなるような、面白いものが必ずあるの。そのことを忘れないでね。あなた達が気づきさえすれば、世界は被写体にあふれてるわ。とても撮るのが追いつかないくらい」

 先輩が、なんかかっこいい感じのことを話した。

 ちょっと前にしょうもない屁理屈こねてた人とは思えなかった。

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