第28話 絞りの「段」
「あら」先輩とシャッタースピードの話が終わった頃に、部室の入り口から声がした。「お邪魔だったかしら」
花咲さんだ。
「ちょうどいいわ」先輩はまったく動じずに応えた。「ノクト君だけえこひいきするところだった。花咲さんも聞いてちょうだい」
「え?」
「写真の『露出』の話を教えてもらってたんですよ。シャッタースピードが全部2の何乗かで表せるとか」
「何か難しそうね」
「そんなことはないわ」
「こんどは、花咲さん、数学のノート出してくれる?」
「ええ? 今日数学の授業なかったですよ」花咲さんはそう戸惑いながらリュックを探った。「あ、ありました」
「あるんかい!」ついツッコんでしまった。
「うっかり入れっぱなしになってました」
「君たちさあ」
先輩がちょっと呆れた声を出した。
「じゃあ、ノートの左端に『1』を書いて」
「はい」
「そして、その右に、1に√2を次々とかけてみて」
「え???」
「あと、√2は『√2』のままで、2回かけるときは『2』にしていいから」
「はあ。じゃあ、やってみます」
1, √2, 2, 2√2, 4, 4√2, 8, 8√2, 16, 16√2, 32
「『32』まででいいわ」
「いっこおきに√2がありますね」
「指数が奇数だからね」ぼくのつぶやきに先輩が応えた。
「じゃあ、√2を近似値の1.4で置き換えて計算してみて」
「こうですか」
1, 1.4, 2, 2.8, 4, 5.6, 8, 11.2, 16, 22.4, 32
「そうそう」先輩がこんどはF3のレンズの付け根を指差した。「で、これを見てくれるかな」
「「あ」」
そこには1.4, 2, 2.8, 4, 5.6, 8, 11, 16と数字が並んでいた。
「それ、さっきの数字ですね」
「そうよ。11以降は整数に丸めてあるけどね。これが『F値』。レンズの絞りの指標なの」
「『絞り』ですか」
「ほら、見てみて」先輩はF3からレンズを外した。「今日は『AI Nikkor 50mm f/1.4S』よ」
そして、絞りリングを1.4の位置からカチカチと回してみせた。7枚の薄い板がレンズの外側から出てきて、回すたびにどんどん繰り出され、最後は光の通り道が本当に小さくなった。
「こうやって、光の通る直径を絞っていくから、『絞り』って言うの」またリングを回して1.4まで回した。「これが絞り開放。絞り羽根を出していない、このレンズで一番多く光を通せる状態。このレンズは開放F値が1.4だから、これより明るくすることはできないわ」
「あれ? もしかして、レンズの名前の『1.4』て、そのことなんですか?」
「そうよ。開放F値はだいたいレンズのリアルな大きさで決まるから、F値が小さい、明るいレンズは大きくて高いし、F値が大きい暗いレンズは小さくて安いっていう傾向があるの。あと、ズームレンズもF値が大きくて暗いのが多いわね」
「F値は小さい方が明るいんですね」
「F値は、焦点距離をレンズの有効口径、そうね、虫眼鏡のレンズの直径と思ってちょうだい。その直径で割った値なの。そうやって無次元化した量だから、レンズの焦点距離にかかわらず同じ値で絞りを表せるわ」
先輩が一通り説明してくれた。
「焦点距離を割るから」ぼくは分かったことを話してみた。「Fが小さい方が直径が大きくて、写真が明るくなるんですね」
「その通り。そして、レンズの絞りは、F値の段が√2のべき乗で整理されてるわ。これは、光が通る面積が直径の2乗に比例するからよ」
「それで1.4とか2.8とかあるんですね」
ぼくは、絞りに着いて小数が使われる意味をやっと理解した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます