第17話 フードを使おう

 いつの間にか夕方になった。天気も曇ってきたので、ぼくら写真部は撮影会を終え、帰り支を始めた。

「ノクト君」D70を収納しようとしているぼくに、ニコ先輩が話しかけてきた。「そのレンズの前についてるプラスチックのパーツだけど……」

「はい」といいつつ、そのパーツをぼくはひねってカコッとレンズの前から外した。

「それは『レンズフード』というのよ」

「フードですか」外したパーツをよくよく見て、ついにその名前を知った。

「要するに庇ね。レンズに余計な光が入らないようにしてるの」ニコ先輩はぼくにそう教えながら、F3のレンズの前についた黒いフードをくるくると回して外した。外したフードをぼくの方に見せながら、ちょっといたずらっぽく言った。「もう『黒い金属のパーツ』とか言い換えなくても大丈夫」

「はあ」なぜ先輩はぼくの心の中の表現を知っているのだろう。そう訝しみながらぼくは生返事をした。

「ノクト君が今持ってるD70の18-70mmについてるフードは」先輩はフードの話をつづけた。「バヨネットフードと言って、くるくる回さなくても、60°から90°ぐらい回せばつけたり外したりできるわ」

「そういえば、今朝そうやってつけましたね」ぼくは応えながら、フードを逆向きにしてレンズの先端に嵌め、時計回りに回して固定した。これににキャップを嵌めれば昨日部室で借りたときの形態だ。


「それにしても」D70をリュックにしまいながら、ぼくは気になっていることを訊いた。「先輩のフードはただの丸い筒ですが、こっちのは不思議な形ですね」

「それは『花型フード』と言うの」先輩が教えてくれた。「画角の対角線方向は画面に入らないように短くして、上や横それより前に出して、庇の効果を高くしてるのよ」

「花型ですか」

「対角線方向の切れ込みや上下左右の丸みが花びらみたいでしょう」

 ぼくは、リュックに収めたD70からフードだけ外し、手に取って斜めにして眺めた。内側から覗くと、確かに四隅が切り欠いてあって景色がが四角に近く切り取られていた。

「ああ、花に関するカメラ用語もあるんですね」花咲さんも寄ってきて、フードの四角い視界の中で話しかけてきた。

「ええ、もちろん」ニコ先輩が応えると、さらに説明した。「バヨネットフードはズームやピントで角度が変わらないから、四角い画面に入らない上とか横は前に伸ばして、隅は切り欠いてるの。できるだけフードを長くしながら、広角にしても画面が欠けたりしないようにしてるのよ。それに、反対向きにして収納できるし、つけたままキャップをつけたり外したりできて、本当に便利」

「そうですね」と花咲さん。


「ところで」ふと僕の方に向き直って、先輩が話を変えた。「フードを逆向きでレンズにつけてるとズームリングを回せないから、本当はD70を貸したとき、フードはキャップの次に気になる部品かと思ったんだけど」

「それは気になったんですが……」ぼくは少し戸惑い気味に答えた。「いきなりフードの話から始めても皆さんついてこないと思って、夕方まで黙ってました」

「『皆さん』?」先輩が小首をかしげた。

「あれ、ぼく今何か変なこと言いました?」

「まあいいわ」先輩はさっき外した85mmレンズのフードを手に話を進めた。「そっちが便利なバヨネットフードで、私のレンズについていたのが『ねじ込みフード』よ。昔からあるけど、レンズの前のネジにつけるから、キャップかフードかの二択になるし、収納も場所をとるわ」

「不便なんですねぇ」フードをレンズの前にかぶせて、F3をカメラバッグにしまう先輩に相槌をうった。

「でも金属のカチッとした質感は好きよ」カメラバッグの蓋を閉め、肩に担ぎながら先輩が続けた。「それから、300mmの方だとレンズの前の方がスライドしてフードになるようになってるわ。『組み込みフード』というの」

「フードもいろいろあるんですね」

「もちろん」

 先輩が立ち上がり、続いてぼくらも荷物を手に立ち上がった。

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