第38話 一眼レフのファインダー

「カメラのボディが分かったら次はファインダーに行こう!」ニコ先輩がそう言いながら、F3に裏蓋をとりつけて蓋を締めた。パチン。「ファインダーを覗いてみて」

「はい…」

「真ん中に丸いところがあるでしょう」

「ありますね」

「それは『スプリットイメージ』といって、円の真ん中の水平線で映像が上下にズレてるでしょう? そのズレがなくなるようにすると、ピントが合うわ」

「真ん中のところはそんな機能があるんですか」

 ぼくは応えながら、ファインダーに目を当てたままピントリングをぐりぐり回し、ピントがニコ先輩に合ったりぼけたりするのを眺めた。

 ファインダーの真ん中の「スプリットイメージ」は、ズレがないようにピントリングを回すと、たしかに、ファインダーの中の先輩がシャキッとシャープになった。


「でも先輩」何回かピントを回しているあいだに、ぼくはふとしたことに気付いた。「どうしてこの『スプリットイメージ』のところは、いつもピントが合ってるんですか?「周りのすりガラスのところはボケるから、スプリットイメージって言ったって、同じようにそこもぼけてたら、ずれるも何も分からないはずなのに……」

「いいところに気がついたわね!」先輩が明るい声で言った。「それを分かってもらうには、ファインダーをこうやって…」

 先輩はぼくの手からF3をとると、右手でファインダー部分の両側をつまみ、手を後ろに引きながら持ち上げた。F3のボディの上にあった四角いファインダーが外れた。

「ボディのミラーボックスの上にあるスクリーンを外しましょう」先輩はファインダーを外したところを指さして、楽しそうに話をつづけた。「さっきよく説明しなかったけど、45°の反射ミラーが動作する部分が『ミラーボックス』ね。その上に乗ってるこれが『スクリーン』。すりガラスみたいなところは『マット面』よ♡」

「はあ」

 ぼくはスクリーンの上に映るレンズが捉えた部室の景色を除きながら返事した。

「F3のK型スクリーンは、マット面の中心にスプリットイメージとマイクロプリズムがあって、この2つがピント合わせに便利よ」

 ピント合わせにはスプリットイメージの他に「マイクロプリズム」というのもあるらしい。

「そして、このスクリーンを外して…、ファインダーを載せる」先輩が器用に指先で巣クイーンを外し、机に立てて置くと、スクリーンなしの状態でファインダーをカメラに戻した。「で、覗いてみて」

「はい…」ぼくはF3を受け取って、F3のファインダーを覗いた。「わあ、ぜんぜんぼけてない! あと周りが暗いです」

「そう。『マット面』がないとピントが分からないし、画面全体も見えないの」

「それでスプリットイメージのところはピントがずれないんですか!」

「マット面がないと、カメラというより、ただのケプラー式望遠鏡だからね。カメラのピントのズレを目が補正してしまうから、けっこうはっきり見えるのよ」

「望遠鏡ですか」


「で、スクリーンを戻すと…」先輩がF3のスクリーンを元に戻してファインダーを載せた。「この状態でやっと一眼レフのカメラ。レンズがスクリーンに投影した画像を、ファインダーのレンズ…、要するにルーペね。ルーペで拡大して見てるの」

「ルーペですか」

「マット面にシャープな像があればシャープに見えるけど、マット面でボケてる像はどんなに目を凝らして見てもボケた像だからね。マット面やスプリットイメージ、マイクロプリズムなどがあってはじめて、一眼レフはピントを合わせられるわ。ちなみにマイクロプリズムはモザイクみたいな絵がシャープになったらピントが合ってるからね」

「ずいぶん説明が雑ですね」

「私もそこは使わないから」

「またぶっちゃけた話を…」

「ちなみに、ボケが大きくてピントが合わせやすいスクリーンは、原理的に暗くなるわ。F3も割りと暗い方。今のオートフォーカスのカメラはそれに比べると明るいけど、ピントを合わせるにはちょっとボケが足りないわね」

「そんな違いが…」

「スプリットイメージは大した発明よ。ピントを合わせやすいし、オートフォーカスも、原理はスプリットイメージと同じ」

「え、オートフォーカスってこれなんですか?」

「スプリットイメージの上下のズレを自動で一致させる装置が、『位相検出方式』のオートフォーカスよ」

「先輩、オートフォーカスのことも分かるんですね」ぼくは感心した。

「カメラは一通り試したって言ったでしょ」

「なるほど」

「あなたも頑張って勉強してね」

「はい…」

 やっぱり先輩までの距離は遠い。

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