16

 絢翔あやとは、レイラより一回りほど小柄で、泣き虫で、レイラの服の裾を握ってずっと離さない。ずっと嗚咽を漏らしながら、後を着いて行くだけだった。


 レイラも本当は凄く泣きたかったのだ。母が龍鱗皮化症りゅうりんひかしょうで亡くなり、一年後の昨日に父が亡くなったばかりだ。

 けれど、龍鱗皮化症りゅうりんひかしょうで亡くなった場合には葬儀にも立ち会えず、感染が判明した後は、感染を防ぐためにと、面会もさせてもらえない。

 そして、最期に見送ることさえさせてもらず、遺骨さえ手元には戻ってこない。


 挙句に怖い大人に囲まれ、絢翔あやとまで連れていかれそうになった。レイラには泣いてる暇などなく、絢翔あやとの手を取りここまで逃げてきたのだ。


「お腹すいたよ。 なにか食べようよ」


 懇願する絢翔あやと。レイラも空腹で、今にもお腹が鳴りそうだが、食べるものなど、どこにあるか皆目見当もつかないでいる。


「ここで休憩しよう。 来なよ絢翔あやと


 徐々に暗闇に目が慣れ、荒れ果ててはいるが、曲がりくねった標識やベンチから、元はバス停だったのだと、かろうじて分かる。ここには塔区とうくに入れなかった人達の町が、以前はあったのだろう。

 彼らはは力なくベンチに並んで腰掛けた。


 何時間歩き続けたのだろうか。二人の靴の踵は擦り減り、足も擦れ、レイラの足からは、転けた創傷そうしょうから出血していて、刺すような痛みがある。

 けれど、ここには救急箱などあるはずもなく、傷を洗い流す水さえない。


 レイラは突如、せた。数分の事だが、嘔吐しながら地面に倒れこんだ。二人は重大なことを忘れていたのだ。

 保護区の白の巨塔の中、壁際の隅の家で塔区とうくに住む子供たち全員が通わなければならない訓練校にも行かず、温室育ちだった故に外は息をするだけで危険だ、という事を。


「レイちゃん! レイちゃんどうしたの? どうしようどうしたら...ぼく」


「大丈夫だから...」


 レイラは袖で口元を拭うと、飾りと化していた首元にあるゴーグルと防塵ぼうじんマスクを装着した。

 大気汚染。主に化学物質と粉塵で、人間の肺や気管は犯され、酷い地域では一時間から二時間ほどで死に至るという。幸いな事に、白の巨塔内でも、ゴーグルとマスクの携帯を義務付けられていたおかげで、命拾いしたのだ。


絢翔あやとも...、ちゃんと着けて。 死にたくないなら」


「何もできなくてごめんね。 ぼくいつも役に立てない、ごめんね」


 また嗚咽しだした絢翔あやとなだめ、再びベンチに腰掛けた。レイラの息はまだ荒く、呼吸をする度に、笛のような音がしていた。

 数時間もマスクをしていなかった、体への影響はかなり重いはずである。

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