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 お互いに肩に頭を預けて呆けていると、三十メートル程先、野犬らしき小汚い大きな犬が、何かを鼻でつつきながら、金物の独特な頭に響く音を立てて転がしているのを、ぼんやりとした暗闇の中、レイラの瞳に映った。


 レイラは閃いて、あれしかないと、寝かかっている絢翔あやとを揺すり起こした。


絢翔あやと、ご飯がある」


「レイちゃん…。 あ…れ」


 レイラが声を上げると、絢翔あやとはもちろん驚いていたが、野犬にも気づかれてしまった。

 レイラは、父から住んでいた軍管轄の保護区、塔区とうく以外で生き残っている犬は、野生化して人を襲うため、もし最悪にも外に出る事があれば、気を付けなさいと、再三言われていた事を思い出した。


 姿勢を低くし、首を地面につきそうなほどに下げて睨みつけてくる。唸り声を上げる野犬に、彼らは震え上がり、言葉が喉元で詰まり、困惑した。


 レイラには、絢翔あやとだけは守らないといけないと、使命感みたいなものが物心ついた時からからずっとあった。

 数ヶ月だけ歳上だからか、自分より小柄で舌っ足らずだからか定かではないが。

 どんなに混乱し、恐怖に駆られても、それだけでレイラの体が反射的に動く。


 ベンチから飛び降り、絢翔あやとの前に立ちはだかった。声は出さずに静かに睨みつける。もちろん震えは止まっていないが、精一杯の強がりだ。


 今にも向かってきそうな野犬に恐怖し、涙の浮かんだ目を固く閉じると、細かく砕け散った瓦礫の破片を蹴って向かってくる音がした。


「嫌だ、まだ死ねない! 守らないとだめたんだから!」


 叫ぶしかできず、食われて死ぬ映像が頭に浮かんでいた。

 数秒程、経っただろうか、悲痛な金切り声と共に穏やか声が耳に届いた。


「レイちゃん、もう大丈夫だよ」


 絢翔あやとの声にそっと目を開けると、野犬は後ろ足を引きずりながら、怯えるように離れていく。レイラは勢いよく絢翔あやとを振り返ると、風で淀みが薄くなった瞬間、微かに星明かりに照らされた。


「あや…となの?」


 怒ったり酷く泣いた時に、絢翔の虹彩こうさいは変色し金色がかる。今の絢翔あやとはそれに加え、やけに大人っぽい笑顔で微笑んでいた。


「レイ…ちゃん。 お腹…すい…た」


 レイラが数回瞬きをすると、いつもの泣き虫な絢翔あやとに戻り、その場に倒れ込み気を失ってしまった。

 レイラは一瞬固まり、慌てて絢翔あやとに近付き、ゴーグルとマスクを付け、息があることを確認した。


 幾分か暗闇に目が慣れ、足元に気をつけながら近くの半壊の家だっただろう所に潜り込み、棚や引き出しを一心不乱に漁った。


 やっとの思いで保存食、ペットボトルの水を一つ見つけ出した。壊れた家屋の、汚いソファーに絢翔あやとを担いで移動させ、レイラは何年前のかも分からない保存食を半分だけ食べ、気を失うように、絢翔あやとの横で眠りについた。

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