地球が蒼に染まる時、空に鳴く

藍染木蓮 一彦

【プロローグ】

 その山は古く深い所にあり人の侵入を阻む。

 神木と崇められるような大木が地を固め、数多の草木や苔が大気を浄化する。

 生き物たちはそれぞれの進化を辿り育ち、また古の姿を保つものも存在しているのだという。

 ただこれは、その山の麓に存在した小さな村の口伝にしか過ぎない。


 村人曰く、ここには神が棲むのだという。

 小さな村なのにその口伝は一貫性がまったくなく、九つの頭を持つ蛇だったり、心臓が九つもある異形のものだったり、大きな鳥だったりと話はまとまらない。


 村人達は一年に一度、豊穣の祭りと称しその古き山を崇めるのだと言う。

 崇めるのならば山へ少し登り祠でも立てればと思ったのだがそれはできなかったらしいのだ。

 何故、理由は。できなかったとは一体どういう事なのだろうと疑問ばかりが浮かんでくる。


 この話は、私が記憶していたものを忘れない為に記録として書物にしようと思う。

 ここからは当時の気持ちを思い出しながら『私』を思い出しながら綴ろう。


 そもそも私がここに来たのも偶然でしかない。まさかこんなに山深くの樹海に村があるとは誰も思うまい。

 流行病に罹った家族共々、村から追い出され、住む場所を探してる途中で家族は皆力尽きた。

 唯一私だけ病に罹らず生きて放浪していたのだが拠り所もなく放浪し、汚くやせ細っていたが故に何処も受け入れてもらえず食べ物もなく、朦朧としながら木の実を求めて樹海に足を踏み入れて力尽きた。

 そして目覚めた時には既にこの村の住人に助けられていたのだ。


 目が覚めてから村の事や山の事を色々と教えてくれたが、私が何より驚いたのは食べものの豊富さだった。

 見たことも無い果実や新鮮な魚、おまけに貴重な肉まであったのだ。この小さな村は一体何なのか、私の探究心をこれでもかと刺激してくるのだ。


 話は逸れたが、私がこの村に来て一月は経っただろう頃、豊穣の祭りが行われた。

 山に近付けない村人達は焚き火を囲み、手を擦り合わせて各々に祈りを捧げていた。

 とても奇妙な光景だった。祀る神が一貫していないのだから当然だ。方や蛇神様、方や天神様、天狗と物の怪として祀るものまでいた。そして村人がそれぞれ口にする中で私がこれだと思ったのは龍神様だった。

 私はもう齢十六を迎えていたが、幼子の様に心臓が跳ね上がり、今すぐ大声を上げて走り出したい気持ちを抑え込んだ。


 龍神。

 この時代にも龍神の伝承はすでにある。ただ龍とはとても曖昧なもので、その正体はただの蛇だともいう。

 私は抑えられなかった。己の自制心など無いのではないかと思う程、愚かに本能のままに行動に移した。


 村人が豊穣の祭りで呑み明かして静まり返るのを待ち、近付くのご法度とされた神の山に向かった。

 山の入口まで来ると、そこは本当に何者の侵入をも阻むかのように自然で出来た大木や草花の壁だった。

 少しの間、周辺を見て回ったが獣道すらなく、山に登るのは不可能だと実感した。

 渋々諦め、村人に見つかる前に退散しようと山に背を向け来た道を戻ると、祭りが再び始まったかのような騒がしい声と煙が上がっていて、空は火で赤く染まっていた。

 刀を持った男の足元には村人が倒れていて、刀からは赤黒い雫が滴っている。


 山狩りだ。

 私は何故この村が山狩りになど遭うのかと、後退った。

 放心していると木陰に引きずり込まれて口を塞がれたが、すぐに介抱してくれた村人だと気付いた。

 私がこの状況の説明を求めると、渋々といった顔をしながらこの村は罪人が逃げ出して隠れ住んで出来た村なのだと言った。

 いつかは見つかると思っていたが、思いのほか早かったと開き直ったように言う彼に、私はあの神の山も嘘なのかと問いただすと、不気味な笑顔を浮かべて頷いた。

 そして彼は自ら刀の前に飛び出し、終わりだと叫び狂人のような最期を迎えた。


 山狩りの衆から見れば私も村人と区別はつかない、罪人として切られるだろう。

 急ぎ神の山の入口を目指し走ったが、背中に衝撃が走り前のめりに転倒した。

 じわりと背中が暖かくなり、段々と火傷のような熱さと痛みに変わっていく。

 視界は霞、立つこともままならない。山狩りの衆は直に死ぬだろうとの判断を下したのか去っていった。

 私は死ぬのだろうと覚悟をしたが、無意識に這って神の山を目指した。


 神の山が嘘だろうともう一度あの大木や草花を、あの不思議な山を見たかった。

 あと少し、あと少しの所で私はもう這うこともままならず真っ暗闇に落ちていった。





 ── 著作 不明『龍の棲まう村』一章より ──




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