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 そもそも本物の珈琲など、数回インスタントを薄めた物を飲んだ事がある程度だろう。


 所々にひびの入ったコンクリートの壁、長方形の広めな地下のワンルーム。窓はなく、天井に数箇所、ライトが埋められているが、明かりはついていない。かわりにランタンの中で不思議に青白く発光しているシアグル粒子を集めて灯る、シアグル灯が、部屋を薄明かりに照らしている。


 擦り切れた埃っぽいラグに、四人掛けのダイニングテーブル、座っているベッドに寝転がると、スプリングが大袈裟な音を立てて軋むくらいには、年季が入っている。壁はとても賑やかに、写真やメモ、落書きで埋められている。


 そしてこの時世というのは、さっきレイラが読んでいた手帳の世界とは全く変わってしまった、悪い方に向かってしまった現代の世界なのである。


 第三次世界大戦後、核兵器の使用はなかったが、あの頃から頻発していた地震などの自然災害や疫病、環境破壊と、ある出来事が重なった結果、手帳の中に存在する昔の高層ビル群などは倒壊したり、電車も脱線して動かず放置されたまま、人口も一割以下まで減った。


 第三次世界大戦の最中、各国で秘密裏に計画されていた、移民船も数百という規模で宇宙に発射されたという噂もある。


 地形は、地震や火山の噴火、地殻変動により変わってしまった。今、二人が住んでいる元の国も海水の上昇で沈んだり、はたまた隆起したりと昔の世界地図を見ても分からないほどだと言う。


 更に文明崩壊が進み出したのは、二人が産まれる何十年も前の事である。自然災害は言わずもがな、国家間の境界が歪み入り乱れ、戦争も起きたが、何があったのか戦後、文明崩壊の只中の世界は、ほぼ統一されたという。


 レイラは一番古い幼少の頃の記憶を思い出す時がある。泣き崩れる父と母が抱き合っている所だ。その時に何があったのか、当時の事を聴ける人はもう誰も存在しない。


 レイラは五歳で母が亡くなり、六歳の時には父が亡くなった。絢翔あやとの両親はずっと前に亡くなっており、引き取り手がなかったからと、レイラの両親が引き取った。物心つくまえの赤ん坊の頃から一緒に生活しているせいか、お互いに遠慮のない、気も使わないきょうだいみたいな存在である。


「考え事? 珍しく難しい顔してるけど」


「珍しいって、いつも一言余計だな。 ぼくでも色々考えたりするんだから。 例えばこれ、手帳の年のところなんだけど、全部消されてるんだよね」


 レイラは立ち上がって飲みかけの珈琲をテーブルに置いたが、異変に気づいて動きを止めた。小刻みな振動が伝わってきてマグカップの中の珈琲が細かく波打っている。血の気が引いて、ふらつく身体をテーブルで支えた。

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