幕間 ロビンは二度知る
ロビン・マグダレアがベイア子爵の後見を受け、貴族としての教育に励んでいた。
叙爵が予定されているとはいえ、それまでの立場は宙ぶらりんである以上、居を構えるにもまだ準備中だ。
いずれは土地を拝領するので、そこの領主館が着々と整えられているという報告は受けているものの、彼からして見ると他人事のようであった。
実際のところ実感が湧いていないのだから、それも仕方のない話だ。
自分が拝領するという土地も、家屋も、まだロビンは一度も見ていないのだ。
地図上でどこにあり、書類でどんなものがあるかなどの説明を受けたところでそれが自分のものだと実感するには、少々スケールが大きかった。
(……俺はただ、真面目に働いただけなんだがなあ)
真面目に働いてそれが認められたのだから、それはそれで正しいことなのだけれども。
ロビンからすると、それは過大評価のようで、少しだけ肩の荷が重い。
地方の暴動で活躍したと言われたら、まあその通りだ。
暴動を治めるためにやってきた王族の傍に
王族だから守ったのかと問われたら、まあそれもその通りだ。
だがそれも上官から『何があっても守り通せ』と言われていたからであり、敵将を討ったのも『討ってこい』とその王族に命じられたからであって、ロビンが率先して動いたわけではない。
彼は忠実に従っただけである。
死にたくないから必死に戦って生き残って、任務を全うできなければ叱責を受けるからやり遂げた。
結果、王族の命を救っただけでなく、王の代理人からの勅命を果たした英雄として祭り上げられてしまったというのが実際のところであった。
本人はただただ、真面目に職務に取り組んだ結果である。
今の彼は平民でもあるので、子爵領内に家を間借りしてそこで教育を受け、その成果を披露することも兼ねて定期的に子爵と対話の時間を持っている。
そんな中、子爵の機嫌がすこぶる良い日があった。
聞けば例の、伯爵令息に浮気をされてしまった可哀想な子爵の娘さんが今度は友人の兄と婚約したというのだ。
それを耳にしてロビンは『そうなのか』と思った。
そして次いで『良かったなあ』とほっこりした気持ちになり、あの時帰り際に教会でお祈りしたことが良かったんだろうかと、帰りにお礼をするためお祈りに行った。
しかしそれから半年近く経っても叙爵の手筈が整わないらしく、これは流れたのだろうかと思ったら王子の婚約者発表があるからだと子爵に説明された。
なるほど、それは慶事だ。
自分如きの叙爵よりもずっと大事なことだから仕方がないかとロビンは相変わらず宙ぶらりんな自分の立場に困りながらも、のんびりと待つことにした。
ある日、約束した日でもないのに子爵から呼び出された。
もしかして叙爵の件だろうか。その話がなくなったのだろうか?
だとしたら自分は騎士団に戻れるのだろうか、そんなことを考えながら迎えの馬車に乗り込んだ。
向かった先では子爵が難しい顔をしていた。
難しいというよりは腹が立って仕方がないと言ったところだろうか?
「……来たか、マグダレア殿。まあ、座ってくれ」
「はい」
「ときに、マグダレア殿。貴君には故郷に家族以外待つ人はいるかな」
「恋人も婚約者もおりませんが」
「口約束の相手も?」
「はい」
何せ騎士団の中にあって下っ端だった彼はいつだって忙しかったし、酒場で声をかけてくる女性もいたことにはいたが恋人にまで至ったことはない。
別にロビン自身は恋愛に忌避感を抱いているとか、稀に見る醜男というわけでもなく、どちらかといえば真面目で融通が利かないと言われる程度のごくごく普通な男である。
容姿の面で言えば悪くはないのにと騎士団の仲間にも言われているので、おそらく単純に縁がなかっただけだろうとロビンはそう楽観的なものだ。
「では、マグダレア殿」
「はい」
「うちの娘と、見合いをしてみんか」
「……はい?」
ロビン・マグダレアはこの時知った。
見合い相手のアナが、二度目の婚約解消を受けて社交界から遠離るを得ない状況に陥ったこと、彼女に何も落ち度はなくとも周囲はそう思ってくれないこと。
彼女自身がまだ若いのに、自身の幸せを諦め始めている様子に子爵が心を痛めていること。
それらを受けて、ロビンは目を瞬かせる。
胸に落ちてきた感情は『可哀想だなあ』という同情であった。
「……俺如きの成り上がりでもお嬢様がよろしければ、一度お目にかかりたいと思います。俺の方が大分年上ですから、お嬢様が嫌だと思ったならいつでも断ってください」
「そうか! そうか……ありがとう、マグダレア殿」
「いえ。お嬢様にお目にかかれること、楽しみにしています」
思わずそう受け入れてから、ロビンはさて困ったぞと内心焦っていた。
かなり年下の、それも生粋の貴族のお嬢さんを楽しませるなんて自分にできるだろうかと。
まだ見ぬ見合い相手に喜んでもらえるようにするにはどうしたらいいかと、教育係に相談することが増えたなあと肩を落として帰路につくのであった。
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