第四章 「すまない」
第31話
「王都に行くことになった」
ある夜、家族団らんの一時に届いた封書。
それを見たベイア子爵が、重々しくそう言った。
どこかホッとした様子でもあるそれに、家族全員がロビンに視線を向ける。
――そう、封書には王家の押印がされていたのである。
しかしながら本来であれば王家の使いがそれを届け、王の言葉を代理人として伝えるのが慣例であったがそれはされなかった。
つまり、公的なものでありながら内密に処理される内容という扱いだ。
ロビン・マグダレアの叙爵について執り行う日取りが決まった、そういった内容であるのにそのような扱いをされることに対してベイア一家としてはあまり良い気分ではなかったが、それでも放置されているよりはずっと良い。
「アナ、お前も共に参ずるようにとのことだ」
「かしこまりました」
叙爵を待たずに迎えた妻がどのような人間なのか、おそらく国王だけでなく多くの人間が興味を持っているのだろう。
幸いというか、今件に関しては王弟と王子妃となるジュディスと王子、それからジュディスの生家であるモルトニア侯爵家が味方であることがなんとも心強い。
また、ジュディスの茶会に協力した人物としてアナの評価が高かったことも功を奏していて、王太后の侍女である枢機卿家のご令嬢と遜色ない相手ではないか、という声も上がっているのだそうだ。
権力的に枢機卿家に強い騎士を取られなくて良かったという考えもそこにあるようだが、ロビンとアナにとってみればいい迷惑である。
「それじゃあドレスやら礼服やら、あまり時間がないな」
「準備しておいて本当に良かったですわねえ」
季節が変わればドレスや礼服の流行も変わる。
それに追いつけなければ社交界ではいい笑い物になるので、そうそうに新調できない下位貴族は大抵がオーソドックスなデザインや、既製品にほんの少し手を加えたものを選びがちだ。
しかしながら叙爵や王城に上がる際にはそうも言っていられず、オーダーメイドの品を作り王家に対してそれだけ気を遣っているという姿勢を見せるのもまた一つの社交術であった。
幸いにもベイア家は裕福な方であったし、流行遅れにならない程度にそういった服を注文することに問題はなかった。
本来であればロビンとアナが支払うべきであろうが、ここは両親からの娘夫婦への贈り物としてありがたく受け取ることになっている。
いずれロビンが治める領地が富んだ時にでも恩返しをしてくれと笑うベイア子爵に、二人はただお礼を言うしかできなかった。
「……王都に行けば、例のご令嬢に会うことになるのかしら」
「そうだな。今回の叙爵に関しては王弟殿下だけでなく、
アナの不安そうな声に、ベイア子爵も複雑な顔をする。
なにより嫌そうな顔をしたのがロビンであったが、妻の手をぎゅっと握って彼ははっきりと彼女に向かって言った。
「俺はアナ一筋だ。アナも、もし王都で元婚約者たちに会うことがあっても気にしないで俺だけ見ていてくれ」
「もう、何を仰るの」
クスクス笑いつつ、アナはそれでも夫のその言葉に胸のつかえが下りる気持ちだ。
彼の気持ちを疑うのではなく、自分よりも身分のある女性であることがやはり気になる。
傷物と呼ばれた女であることも引け目になっているし、妻となった今も『また、運命の出会いがあったら……』と怯えている部分がどうしても残っている。
そんなことはないと思う気持ちと、二度も『運命』という言葉で傷つけられた記憶がアナの中には根強く残っているのだ。
「……王都に着いたら、ジュディスに会いたいわ」
「なら手紙を出しておくといい。モルトニア侯爵令嬢もお忙しいだろうが、きっとアナとの時間は作ってくださることだろう」
「ええ、お父様」
ロビンの叙爵式は、盛大なものにはならないらしい。
推薦した王弟と枢機卿、そして後見人のベイア子爵やそのほか叙爵に関わる少人数で執り行うことになったと記してある。
本来盛大なものになるはずだったのにとベイア子爵は不満そうだが、ロビンとしてはありがたい限りだ。
妻となってくれたアナが隣にいてくれるので心強いが、本音を言えばとんでもない話だとしか今も思っていないのだから。
(……何事もなく、叙爵式が終わってくれりゃいいんだがな)
式を終えて、自分に与えられた領地に着いたら結婚式をして、二人きりの生活を早く送りたいものだとロビンは隣で楽しげに友人について語る妻を見ながら思ったのだった。
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