第32話
ベイア子爵領から王都までは馬車での移動となる。
幾日かの行程を経て行くため、自分たちの移動用、侍女や使用人たち用、ドレスそのほかを積むための馬車が用意され、そのほかに護衛の騎士たちがその周囲を取り囲むような形だ。
もっと高位の貴族たちであればこの倍は馬車と護衛騎士が配置され、一種の行列となる。
そうした貴族たちの移動は行く先々で必需品の購入やそのほか娯楽などにも金銭を多く使ってくれるため、村や町での臨時収入にもなるのであった。
ただ、中には貴族であることを盾に無償で奉仕されて当然という態度の者もいるので、一概に歓迎されるかと問われればそうでもない。
そのことをベイア子爵は道中、ロビンに語って聞かせていた。
ロビンは平民として若くから騎士隊にいたため、あまりそうした行列や貴族たちと平民の関わりについては詳しくない。
造りのしっかりした馬車に揺られるよりは重苦しい鎧を着て馬に乗る立場であったし、地方軍人として宿舎で過ごすか戦場に足を運ぶかばかりであったから『なんとも面倒なことだ』と思うばかりだ。
とはいえ、これだけの人数を賄う食料や、行く先々での宿場利用があればそれは大金に違いないので
そして、兵士として過ごしていた中で横柄な態度を取る貴人たちのことは見たこともあれば、耳にしたこともあるのでそうした連中が町の人々に嫌われるのも理解できたのである。
ベイア子爵家は領地を上手く治めていることもあって、行く先々でその家紋をつけた馬車は歓迎された。
中には小さな子どもがアナに花束をくれる一幕もあり、そうした光景はロビンも微笑ましく思う。
「……俺もあんな風に民が笑ってくれる領主になれますかね、岳父殿」
「なってもらわねば困るよ、婿殿。民のためにも、娘のためにも、そしていずれ生まれてくるだろう君たちの子どものためにもね」
ベイア子爵にそう言われてロビンは頷いた。
このごくごくありきたりで平和な光景が、とても大事なことをロビンは知っている。
(アナが笑えるように努力するのが、夫としての俺の役目で。あそこにいる子どもたちのような笑顔を、領地のこどもたちに浮かべさせるのが領主としての役目か)
途轍もないことのようにロビンには思えるが、やりがいがあるなと思う。
そのためには早く叙爵を受けて、男爵として周囲に認めてもらうしかない。
よくわからない女性からの好意に関する問題は解決したわけではなさそうだが、それでもアナと仲睦まじく過ごせば周囲もきっと納得してくれるだろうとロビンは改めて心に誓う。
(さすがにアナに直接何かをしてくることはないと信じたいが……)
アナには女性の護衛騎士をつけてもらっているし、何よりも自分が傍らにつくつもりでいる。
王子とその婚約者と友人関係にある女性とあれば、王城でも彼女が二度婚約解消しているからといって軽んじる態度を見せるものはいないはずだ。
少なくとも、表向きは。
(しかし顔も思い出せないんだよなあ……)
あの時、ロビンに話しかけてきたのは枢機卿の家族だけではないのだ。
なんなら王弟の妻も話しかけてきたし、その際には王城内の侍女たちにも声をかけられてあちこち歩かされたのだから。
それで『運命』と言われたところで、結局ロビンにはよく分からないのだった。
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