第30話
「わかったぞ、どうして叙爵の件が進まないか!」
「まあ、お父様お帰りなさいませ」
「
荒々しい靴音と共に帰ってきたベイア子爵の後ろには、ヴァンダ補佐官の顔もある。
二人とも酷く苦々しげな様子に、アナとヨハンは顔を見合わせた。
ロビンはきょとんとした様子だ。
「実はな……」
夫人が使用人たちにテキパキと指示を出し、茶の準備をさせている間に子爵はどかりとソファに腰を下ろし、ヴァンダ補佐官もそれに倣った。
そして語ったことによれば、なんとも滑稽な話だった。
自身を救ったロビンに対し、報償として叙勲を願い出たのは王弟だ。
王はそれを聞き受け入れる。
ただ、あの場には王弟以外にもそれなりの地位にある人間がいた。
それはパラドゥミ枢機卿である。
暴動を鎮圧の後、哀れな迷い子たちを救うために王弟に同伴していたのだ。
彼もまたロビンの活躍を認め、推挙してくれた人物であった。
「……ところが、だ。枢機卿にはご息女が二人おられて、そのうちの姉姫、エドウィーズ嬢が『ロビン・マグダレアと自分は運命で結ばれている』と言い出したんだそうだ」
「は、はあ……!?」
「ないとは思うがロビン、お前、エドウィーズ嬢と関係は?」
「ありませんよそんなもの! そもそもそのエドウィーズ嬢とやらのことも知らないのに!!」
この国の国教は聖職者も妻帯を認めており、枢機卿には息子が一人、娘が二人。
貴族としての身分こそないもののそれ相応の待遇をされている枢機卿家の姉姫が『運命』などと言い出したから問題となったのだ。
ただ、ロビンが言っているように関係がまるでないなら彼女が彼に想いを寄せた、それだけで済む話だった。
ところが、問題はそうではない。
ロビンがベイア子爵家の後見を受け、アナと付き合い出してからエドウィーズ嬢がそのような発言をしてきたのだ。
王はロビンとアナの関係を内々に報されているが、国教会の重鎮を無視するわけにもいかない。
関係は特に見当たらないというのに頑強に『運命』を言い張る娘に枢機卿も手を焼き、叙爵の後見も婚約者も枢機卿家に鞍替えしてはもらえないかと遠回しに言ってきている。
だがそれをおいそれと認めてしまえば、貴族よりも国教会を重んじたことになるし、また困ったことにエドウィーズ嬢は王の母親……つまり王太后の侍女でもあったのだ。
これがより事情をややこしくしてしまった。
自分の侍女が恋をしているのだから、内々の婚約ならば一度ロビンと見合いをさせてみてはどうかなどと王太后は言う。
後見人であるベイア子爵の顔を立て、後見は変えずに婚約者をすげ替えてはどうか。
いっそのこと国教会側の教会騎士として取り上げてはどうだ、と話がまああちらこちらに飛んでしまっているらしい。
おかげで王太后率いる侍女たち、国王率いる貴族たち、国教会の権力を強めたい勢力、叙爵そのものをよく思わない者たち……と意見が割れに割れて結論が出せずにいるのだとか。
「まあ……」
これにはアナもなんと言っていいのかわからない。
ロビンなど呆れて言葉を失ったまま、苦虫を噛み潰したような表情だ。
「まあ、我慢できずに結婚した二人こそが想い合っていると宣言してやってきたから安心しろ。もう周囲もそうなれば認めざるを得まい!」
「でも、そのエドウィーズ嬢はいったいどこでロビン様のことを見初めたのかしら」
やりきった態度のベイア子爵に対し、アナは至極当然の疑問をぶつける。
ロビン自身が知らないと言っているのに、あちらだけ運命を感じ、それを周囲が応援しているのはなんとも気味が悪い話である。
それを受けてヴァンダ補佐官が苦笑した。
「王弟殿下と枢機卿に連れられ、暴動鎮圧の立役者として王都にやってきた際に父親を心配してやってきた枢機卿家の姫君らと一度ご挨拶をしたとのことだよ」
「ええ……?」
一度の挨拶。
アナはロビンと顔を見合わせる。
「覚えはありますか?」
「……正直、大勢と挨拶をしたから覚えちゃいないな……」
アナの問いに、ロビンが大真面目に答えた。
その返答にヨハンが吹き出し、ベイア子爵家は『まあこれで世間が落ち着いてくれたらいいなあ』とようやく家族揃って落ち着いたのであった。
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