幕間 マーガリッテはまだ知らない

「ねえ、お姉様。本当に運命の恋なんですの?」


「そうよ、マーガリッテ。お父様のこともお救いくださったあの方こそがわたくしの運命の方だわ」


「……でも、あの時ご挨拶しただけよね?」


 わたしは心配でならない。


 お父様は国教の長たる方を補佐する役割を担う、枢機卿だ。

 長たる天主の代理人、法王様の下につく十二の枢機卿の椅子を預かるお父様は、時としてそのお立場から、危険な場所に足を向けなければならない。

 それは、迷い子たる人々を導く神の使徒としての義務だ。


 そのことはわたしたち家族も理解しているけれど、それでも心配になるのは致し方ないこと。


 それはわたしもお姉様も、お兄様だって同じなはずだわ。

 お兄様はお父様と同じ道を歩まれているから、そうした心配を口には出さないけれど……。


(でも、だからって)


 あの日、暴動鎮圧の報せを受けてわたしたち家族は王城へと急いだ。

 そしてその場には鎮圧のための部隊を率いておられた王弟殿下と、その補佐として任ぜられたお父様のご無事な姿があって安堵で泣きそうになったものだ。


 そんなお父様たちの傍らで、王家直属の騎士たちとは風体の違った殿方が所在なさげにしていたことはわたしもしっかり覚えている。


 お父様に『命の恩人だ』と紹介されて、お礼を申し上げたけれど……あの方は『いえ、任を全うしただけですので……』と仰っていたっけ。


 お姉様はあの時に心が通じ合ったと言うのだけれど……お父様が無事だったことばかり気になっていたわたしはあまり覚えていない。


(そういえば、あの時にわたしたちは名乗ったけれど、彼はお父様から紹介されただけでご自身で名乗られていないのでは……?)

 

 あの時、わたしが覚えていないだけでお姉様は例の恩人と言葉を交わしていたのだろうか。

 お姉様があの人のことを運命だと告げたのは、わたし相手だったと思う。

 内緒話を打ち明けるようにそう言われ、ならば彼の後見人は我が家になるのだろうかと微笑ましく思っていたらベイア子爵家という、知らない貴族家になって首を傾げた。


 国教会と紐付くことを国が拒んだ結果かも知れないとその時は納得した。

 お姉様も何も仰らなかったし。

 でも今か今かと待ってそわそわしている割に、手紙のやりとりなどをしている様子もなかった。


 あの時は、まだ貴族でない男性とのやりとりが公になると外聞が良くないからかと思って気にも留めなかった。


 だけど、だけど。

 あの方は、ベイア子爵家のご令嬢と婚約を結ぶことになったと聞いてから、おかしい・・・・とようやく気付いた時には遅かった。

 お父様に相談するよりも前に、お姉様は王太后様に相談してしまったのだから!


「……本当に、両思いなのよね?」


「そうよ! もう、何度も言わせないで、恥ずかしいわ!」


 パッと頬を赤らめてキャーッと照れる姿は我が姉ながらとても愛らしい。

 だけど、私はよくよく考えれば何も知らないのだ。


 恩人である人の名前と顔は知っている。だけど、それだけ。

 姉が想い合う・・・・相手だというのに、二人がやりとりした様子なんて何もない。

 運命だと、結ばれるのだというならば、互いの醜聞を気にすることは堂々とお父様のところへ足を運んだりして、周囲にその関係性を示す方が先立ったはず。

 子爵家相手に遠慮をするような家柄ではないし、彼が望まぬ結婚を強いられているのであれば逆に助けることだってできたはずだ。


 それなのにそういったことが一切ないままで、恩人――ロビン・マグダレアが婚約したという噂を聞いてわたしは不安でたまらない。

 これまでこんなに不安になったことなんて、一度もなかったのに。


『ベイア子爵令嬢アナという女性は、二度の婚約解消を受けて傷ついた可哀想な女性だからきっとあの方は突き放せなかったのよ……』


 悲しそうにそう言ったお姉様に同情していたけれど、それって本当に?

 わたしが知らないだけで、お姉様がわかっていないだけで。

 本当は、どうなんだろうか。


 お兄様とお父様は知っているのだろうか。

 ああ、でも真実を知るのが怖い。


 私は知らないままで、いたかった。

 でもきっとそれは許されないんだろうなと、どこか冷静にそう思うのだった。

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