第22話
ベイア子爵領は北方にあって商業を中心として栄えている。
といっても王都や高位貴族たちが治める土地ほどに栄えているわけではなく、領民が平和に、そして飢えることなく穏やかに暮らしていけるという程度だ。
「ロビン様が拝領する土地はどのあたりになるのですか?」
「ここから西方に位置する土地になります。数代前にとある子爵家が治めていたそうですが、跡継ぎに恵まれず領地を返還して王領となっていました」
「そうなんですね……」
「ベイア領とも道が繋がっているため、今後も何かとお世話になることでしょうね。俺は運営やらそういうことにはさっぱり疎い。剣を持って言われるがままに仕事をしているのが性に合っているんですが……」
「騎士隊はお辞めになったんですよね」
アナの目から見てロビンは元気そうだ。
短めに切り揃えられた黒髪から見える範囲で首や顔に傷跡があるわけでもないし、共に散策をしたり乗馬をしたりする様子ではどこか体に傷を負った後遺症があるようでもない。
叙爵するだけならば別に騎士を辞める必要はないので、アナはずっと不思議だったのだ。
「……実は、上司から辞めさせられまして」
「まあ」
「俺がお救いしたと言われるのは王弟殿下で、あの方は俺を叙爵した上でご自身の部下に取り立ててくださるおつもりでした。ですが……」
どうやらロビンが平民の出自であることから、王弟のお気に入りになるなど他の貴族出身の者たちが許せなかったようなのだ。
貴族にしたからいいだろう、ではすまないのが貴族の世界。
成り上がり者ごときに貴族を名乗らせ、あまつさえ尊き方に気に入られるなど身の程を知れと言わんばかりに不満は爆発し、その矛先はなんと王弟でもロビン本人でもなく、彼が所属する部隊へと向いたのである。
王弟の前では良い顔をしたい、ロビンに手を出せば良く思っていないことが知れてしまう。
ゆえに圧力をかけたという話だ。
なんとも迷惑なことだが、一地方の、下っ端の下っ端で構成された平民たちの部隊だ。
部下を守ってやりたくても上司にその力はなく、いっそのこと嫌がらせをしろと他の者たちにまで命令が下る前にロビンに騎士隊を抜けろと助言してくれたのだという。
「名目上は貴族となるための勉強と、後見となってくださる方に恩返しで一時仕えるため……ということになっています。俺が抜けたことで部隊の皆が穏やかにくらせるようになったのであればいいのですが」
「それは……大変でしたね。私も西部に知り合いはおりませんが、王弟殿下は広く意見を聞き、公正な判断をしてくださる方です。彼らの保護を願い出てみては……?」
「俺のような一般市民が王弟殿下に!? さすがにそれは……」
「それは、そうですよね……ですがもしかすればお手紙だけであれば届けていただけるかもしれません。私の伝手を使って問い合わせてみます」
「アナ嬢にそんな伝手が?」
「はい、学園の先輩で近衛騎士に今は在籍していらっしゃる方がおられるので。ヨハンとも仲良くしていただいているんです」
アナがそう微笑めば、ロビンは目を丸くする。
これまで元いた部隊のメンバーがどうしているのか、彼はずっと気にしていた。
取り立ててもらえると知って周囲は我がことのように大喜びし祝してくれたのに、やっかみからロビンへ嫌がらせをしないと身内に何があるかわからないという恐喝をされたのだ。
部隊を去る日、すまない、すまないと泣いていた彼らを思い出すと胸が痛む。
ロビンが昇進さえしなかったら。あの日、王弟の傍にいなかったら。
役目を果たす、その役割を他の騎士に譲っていたら。
安否を探ることさえ、ロビンを目の敵にする
そう思うと身動きが取れなかったロビンに、アナは事もなげに方法を模索すると言ってくれたのだ。
「すごいですね、アナ嬢は。そんな人脈があるだなんて」
「いいえ、私の功績ではなく、ルームメイトだったモルトニア侯爵令嬢のおかげなんです」
今は王子妃となるべく努力を重ねる友人は、どれだけ素敵な人なのか。
アナが満面の笑みで大切な友人なのだと語る姿は、本当に楽しそうだ。
そんな彼女の姿を、ロビンは眩しいものを見る気持ちで見つめるのだった。
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