第三章 ロビン・マグダレア

第21話

 アナとヨハンがベイア子爵領に戻った時には、雪がちらついていた。

 元々二人の故郷はやや北方よりでもあるため雪が王都に比べると早いのだ。

 肌を刺すようなその冬の空気に二人は懐かしさを覚えながら、玄関先で出迎えてくれた両親と抱擁を交わす。


 それから程なくして、彼らが帰郷して数日も経たないうちに見合いの日はやってきた。

 急かす理由もないが遅らせる理由もない。


 いいや、急かす理由はいくらでもある。

 アナはもう学園を卒業し、成人した淑女として世間では見られるのだ。

 その際に婚約者がいない状況はあまり望ましくなかったし、社交場で新しい出会いを望めないことも相俟って〝可哀想な令嬢〟と同情されつつも社交界で居場所を失うことになりかねない。


 優しい友人たちや王子妃であるジュディスとの関係があるから孤立はしないだろうが、彼女たちだって婚約者と共に社交をしていく身だ。

 そんな友人たちとずっと共にいられるわけではないし、アナが肩身の狭い思いをすることは目に見えている。


 子爵としては、できるだけ早く縁談を調えたいのだろうとアナも文句を言うことはなかった。


「……お初にお目にかかります、レディ。ロビン・マグダレアと申します」


「初めまして、マグダレア様。ベイア子爵家の長女、アナにございます。どうぞアナとお呼びくださいませ」


「では自分のことも、ロビンと気軽にお呼びいただけると助かります」


 アナにとってロビンは、背が高くがっしりした男性という印象であった。

 前の婚約者であるモーリスもしっかりとした体つきをしていたが、目の前の男ほどではなかった。

 

 また、子爵家に仕える騎士たちと比べても逞しいような気がする。


 だが雰囲気は柔らかく、アナを前に怖がらせないようにしようと気遣ってくれるのがありありとわかってそれが申し訳ないやら、嬉しいやら。


(……お父様に押しつけられた縁談でしょうに)


 聞けば彼は地方の暴動で勲功をたて、近いうちに叙爵されるというのだ。

 その際に平民出身の彼が貴族令嬢を婚約者にできていれば、より基盤が安定することは間違いない。

 それが、後見人の娘であればなおのこと。


 だからこそ貴族的に考えればこの見合いは、ロビン・マグダレアという男にとって願ってもないものであることはアナにも理解できている。

 

 それでもアナの目から見て、ロビンという男性は貴族的な容姿を持っていたモーガンとはまた別の魅力があるように思う。

 黒髪に涼やかな青い目、すらりとした長身にしっかりとした体つき。

 柔和な雰囲気を持っているのに精悍さが隠しきれず、時折言葉遣いや所作に乱暴さが混じるのが彼の魅力を引き立てているように思えた。


 平民出身だということを踏まえても、十分彼は魅惑的であり、社交場に足を運べばどこのご令嬢だって身分など気にせず声をかけるに違いない。


(……それなのに、私のような十八歳の小娘が相手じゃ可哀想だわ)


 しかも二度も婚約解消された〝傷物令嬢〟だなんて。


 彼だってこの婚約には前向きではなかったはずだ。

 それでも後見人からの申し込みに断ることなどできなかったに違いない。


「父が、無理を申し上げたのでしょう? 本当にすみません」


「え? いえ。ベイア子爵は俺が色事に疎く、いつまでもぼうっとしているのを案じて可愛い娘さんを紹介してくれただけのことで……貴女の方こそ、お辛いのでは?」


「わ、私ですか……?」


「七つも年上のむさ苦しい男、しかも叙爵が決まっているとはいえ生まれは平民です。生粋の貴族令嬢から見れば対象外なのではと」


 本当に申し訳なさそうにそう言うロビンの言葉は、徐々に力を失って小さな声になっている。

 その様子が見た目と違い何故か可愛らしく見えて、アナは目を瞬かせた。


「……いいえ。ロビン様は素敵な方と思います。私のような小娘を相手になさるのは、骨が折れるのではありませんか?」


「そのようなことは。事前に子爵からあれこれ伺っていたのですが、会ってみると想像以上に素敵な女性だったので正直、どうしていいのかわからず……朴念仁で申し訳ない」


「まあ……!」


 アナだって貴族令嬢だ。

 これまでオーウェンにしろモーリスにしろ、彼女の容姿を褒めることはいくらでもあった。

 慣れきっているとは言わないが、それでも多少の免疫はあるつもりだった。


 だがロビンのそれはどうだろう。

 美辞麗句とはほど遠い飾り気のない言葉に、赤く染まった目元がそれを真実だと伝えていることでアナも思わず赤面してしまった。


 こうして、二人は婚約を前提としたお付き合い・・・・・を始めたのである。

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