第35話

 エドウィーズの言葉に全員がどういう反応と言えば、それは様々だ。

 枢機卿は縋るような目を娘に向けていたし、王太后は我関せずといったところか。

 王弟は無表情に、だけれど少し面白そうに。

 王子はやはり無表情に、しかし僅かに苛立ちを滲ませて。

 ジュディスは隠しようもないほどの怒りから、眦をつり上げていた。


 そしてアナは、またもや出てきた『運命の』……『真実の』愛とやらに、傷ついて泣きそうだ。

 自分が何をしたのかと、まるで一方的に悪人のように言われるそのことに腹が立たないかと言われれば腹が立つ。


 オーウェンの時も、モーリスの時も。

 彼らが出会ったから別れてくれというので、身を引いただけだというのに!


「わたくしが受け身だったから、事情を知らぬベイア家のお嬢様にもご迷惑を……」


 ホロホロと泣き濡れるエドウィーズの言葉に、枢機卿の方がハッとする。

 それはそうだ、国王の裁可を得て教会も認可をした、正式な夫婦に対してなんと失礼な発言なのか。


 まるで二人を偽りの夫婦だと揶揄しているような……いいや、直接的な表現だと誰もが理解していた。


「エドウィーズ!」


「だって、お父様……わかっているの、お二人は正式に結婚なさった。わたくしがいくら運命を訴えようと、お二人は貴族だもの。義務がありますものね? けれど……けれど、わたくしは運命を諦めたくないのです。この気持ち、同じ女である夫人でしたらおわかりいただけますわよね?」


 涙で濡れた美しい目が、アナを捉える。

 その目に、言葉に、言い知れぬ恐怖を覚えつつアナは躊躇いつつ答えようとしたところでロビンにぐっと肩を抱かれて目を瞬かせる。


「ロビン様……?」


「……すまない、エドウィーズ嬢」


 その言葉に、アナはひゅっと息を呑む。

 それはどういう・・・・意味だろうか、と。


 肩を抱く手は温かく、優しい、いつものロビンだ。

 だがその表情は厳しく、困惑しているのがアナにはわかる。


「まあ、良いのです謝罪なんて! ねえお父様お聞きになって? ロビン様は今『すまない』と仰ったのよ、わたくしとの運命に添えなかったことをこうして謝ってくださって――」


 ロビンの言葉を受けて、エドウィーズがはしゃいだような声を上げる。

 枢機卿にも視線を向けてから、ロビンは緩く首を左右に振った。


「俺は貴女のことを、覚えてもいなかったんだ。だから、俺は貴女の運命の人とやらではない」


 きっぱりと。

 はっきりと。


 ロビンはエドウィーズを見てもう一度言った。


「すまない」


 そして彼は今度はアナを見て、へにょりと眉を下げた。

 アナはただ、目を瞬かせて彼を見上げるばかりだ。


「すまない、アナ。心配させたか?」


「……ロビン様」


「俺の妻は貴女だけだ。もし運命と言っていいなら、俺はアナがいい」


 ロビンのその言葉にアナがかぁっと頬を染め、ジュディスが「あらまあ!」と小さく、そして楽しげに声を上げた。

 そしてそんな仲の良さげな二人に視線を向けた王太后が、いつの間にやら取り出していた扇子で軽く自身の手を叩く。


「どうやらわたくしが要らぬ世話を焼いてしまったようですわね。マグダレア男爵、このお詫びはいつかさせていただくわ」


「お、王太后様……!」


「美味しいお茶をありがとう。さ、エドウィーズ、戻りますよ。貴女はわたくしの侍女なのですから」


 美しい所作で立ち上がった王太后が、振り向くことなく歩き出す。

 エドウィーズはまだ何か言いたげにロビンを見つめていたが、ロビンは今度もまた視線を合わせることはなかった。


 そう、彼女がいくら縋ろうが、普段は誠実に相手としっかり目を合わせて話すロビンが、一度もエドウィーズの目を見て話すことはなかったのである。

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