第34話
「マグダレア様……お会いしたかった……」
「えっ、いや。あの、くっつかないでもらえませんか」
ロビンの右手側にアナ、左手側にエドウィーズ。
円形のテーブルを囲むように、王太后と王弟、王子とその婚約者、エドウィーズ嬢の父親である枢機卿と揃っているにも拘わらず、エドウィーズは目を潤ませ、まるで長年離れていた恋人に再び巡り会えたかのような甘えた声を出していた。
それに対して即座に拒絶の言葉を出したロビンは、その表情を困惑と嫌悪に染めている。
アナは両者のその違いに思わず、先ほどまで悶々とした気持ちを抱いていたことも忘れて目を瞬かせてしまった。
ジュディスも同様だ。
「……おばあさま、おばあさまの侍女殿はロビン殿と相思相愛と申しておられませんでしたか?」
「そうねえ」
本来であれば自分の侍女が無作法な振る舞いをしたことを咎めるべき王太后が黙っていることに、思わず王子が嫌味を口にした。
だが王太后は気にする様子もなく、給仕の侍女から受け取った紅茶を優雅に口に含んでいる。
「結婚してしまったのだから、諦めるしかないでしょう。エドウィーズ」
「そんなことは些末なことですわ、王太后様!!」
「エドウィーズ……」
王太后の冷静な言葉に反論する娘を見て、枢機卿は頭が痛そうだ。
それはそうだろう、この件が発端でロビンの叙爵は遅れに遅れ、華々しく行われるはずの儀式は内々に済まされたのである。
枢機卿としては想い合う関係であるのなら……と思ったが、どうにも様子が違うと察していたようだ。
そもそも、ロビンとアナは知らないことであるが、その話が出た際にアナとの婚約が成立していない間に枢機卿からベイア子爵に手紙が送られていたのだ。
本人たちが想い合うならば反対はしないが、想い合っているのはうちの娘であると双方譲らないとくれば平行線であった。
だがそこで枢機卿の下の娘、マーガリッテが疑問を呈したのである。
『お姉様は、その方が迎えに来て当然という態度でしたわ。婚約したのも何かの間違いか、義理立てしているのだと。でもおかしな話ではありませんか』
初めこそ、枢機卿一家も娘の〝運命の恋〟とやらを応援するつもりだったのだ。
神殿は神に仕え、教えを広めるためにもある程度はやはり権力が必要であり、王侯貴族たちと渡り合うためにはそれ相応の財力と武力を持たねばならない。
枢機卿の娘と運命とあれば、それを理由に強き騎士を迎えられることは喜ばしいことであったからだ。
だがマーガリッテの言葉を聞けば、確かにと思うことがその頃には増えていた。
運命の恋であるなら、エドウィーズを探す素振りくらいあってもいいだろう。
騎士を辞したとはいえ叙爵が決まっているのだ、身分を問題視はしないはずである。
あの場で出会った人間はそう多くない。
だから探そうと思えばいくらだって探せただろうし、枢機卿の娘と分かっていれば今件で推薦した人物なのだからお礼と称していくらでも連絡は取れたはずなのだ。
『馬鹿な、マーガリッテ。きっと叙爵が済んでから迎えに来るつもりなのだ』
『じゃあどうして後見人に我が家を指名しなかったの?』
『……彼は謙虚なんだよ』
『ではそうだとして、何故ご息女と婚約を前提とした見合いをなさったの。お姉様を選ぶのであれば、断るべきだとわかっているじゃない』
『それは……』
婚姻が許されているとはいえ、神に仕える者たちは誠実さを尊ぶべきであり、それは家族に対しても求められる。
教会では常々それを民衆にも説いているのだし、どの地域に配属されていようと騎士となった者たちには週に一度、礼拝が義務づけられているからロビンがそれを知らないはずがないのだ。
「エドウィーズ、本当に彼が〝運命の相手〟なのか?」
「そうよ、お父様。わたくしたちは出会った瞬間から、恋に落ちたんだから!」
恐る恐るといった枢機卿の言葉に、エドウィーズが満面の笑みを浮かべロビンの腕にそっと手を伸ばす。
さすがに振り払うことができなくて、ロビンは身を捩って拒絶の意を示すがエドウィーズは意にも介さない。
「可哀想なロビン様。わたくしが受け身でいたばかりに、運命の相手がいるにも拘わらずお世話になった方への誠意を示し婚姻なさるなんて!」
ああ、可哀想。
そうやってホロホロ今度は泣き始めるエドウィーズはどこまでも美しく、かつ滑稽であった。
だが、その言い様はまるでこれまでの二度の婚約で、運命によって婚約者を失うこととなったアナを的確に傷つけたのである。
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