第2話
「行ってらっしゃい、オーウェン。学園での様子を教えてね」
「ああ、アナ。必ず手紙を書くから」
この国では貴族の子息令嬢の大半が、齢十五を境に王都にある学園に一度は在籍することが薦められる。
期間は最短で三年、望めば五年在籍できる。
有償である以上、すべての貴族籍にある人間が通えるかと問われると難しいところではあるが、国内にいる貴族たちと交流できる数少ない場でもあり、また成人前の子供同士の交流の場として擬似的な社交、そして次に繋ぐための人脈の架け橋として重用される場であった。
学園に所属する生徒はいずれも爵位に関係なく寮生活を送ることが義務づけられ、そこで集団生活をすることで家では学べないことを学ぶのである。
同時に学園はその名の通り、ありとあらゆる勉学を学ぶことができる場でもある。
高位貴族は既に各家庭で家庭教師から学んだことよりも更に高度な教育を受けられる場であったし、下位貴族は高額な家庭教師を雇うのと同じほどに上質な教育を受けられる良い機会でもあるのだ。
それ故に、資産に余裕のある家は兄弟姉妹揃って通わせることも少なくない。
下位貴族もそうした理由から少し無理をしてでも嫡子を通わせることが一般的であった。
この場合は、オーウェンがそれにあたる。
ブラッドリィ家は伯爵位であるが、あまり裕福とは言えない。
そのため家庭教師を雇うよりも学園に通わせた方が幾分か安く済むこと、加えて他家との繋がりを考えれば一択であった。
対するベイア子爵家は夫人の実家が豪商であったことから少しばかり余裕があったので、双子を揃って入学させる予定である。
アナは嫁入りが決まっているのだから通わせる必要はなかったのだが、双子を引き離すのも忍びなく、また婚約者と共に青春時代を過ごすのも良い思い出になるだろうという親心であった。
「アナ、寂しいか?」
「大丈夫よ、ヨハン。来年には私たちも行くんだもの、すぐに会えるわ」
「そうだな。楽しみだよ」
「ヨハンにも素敵な出会いがあるといいわね!」
「そっちはあんまり期待してないなあ」
そして、学園にはもう一つの側面があった。
家同士の婚約が成立していない令嬢子息にとっての、出会いの場である。
親同士の繋がりや契約による婚約以外では主に社交の場に出てから相手を探すことが一般的であった。
しかしこの学園の運営が軌道に乗ると、次第に社交の場に出るよりも前の段階……つまり学生生活で愛を育む者が増えたのである。
同年代の異性と知り合える場所ができて、それも机を共にして学ぶのだ。
共同作業や、互いに忌憚なく意見を交わす中で情が芽生えてもなんら不思議なことではない。
特に、恋に興味を持ち始める年頃の男女でもあるのだから、そういったことが起きない方がおかしいとさえ大人たちだって認めている。
良い出会いがあるのならば、積極的に行動したところで誰の迷惑になるでもない。
婚約者がいない者同士で共に将来を歩む相手として良い相手を見つけ、卒業後もその相手と添い遂げたいと願い出るならば親としては願ったり叶ったりだ。
最終的にそこに通う子息令嬢のいずれも貴族である以上、男女の交際から婚約に発展するには親の許可も必要であることから、束の間の自由としておおらかな目で見られていた。
ただ近年、少々これに問題が生じていた。
婚約者のいる相手と恋に落ちる学生が増えている、ということである。
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