第14話

 それから、ジュディスはアナとヨハンの町歩きを一緒にできるようになった。

 二人の祖父の口利きで、安全に配慮できそうな店に協力を仰ぐことができたからだ。


 といっても勿論、子供たちだけでの行動は許されず護衛を伴うこと、姿を見せない護衛も各所に配置するという物々しさはどうしても拭えなかったが。

 そしてその護衛として選ばれるのは毎回モーリスであった。


「これでも侯爵令嬢だからな。妹を心配している俺を団長が気を利かせて護衛任務に割り当てた……ってことに表向きはなっているのさ」


「そうなんですね……」


「これはきちんと仕事。だから俺は別の日に休みをもらっているから、二人が心配することは何もないんだ」


 毎回のように週末になると現れる彼にアナとヨハンは彼の体調を案じたところそのように返事をしてモーリスは笑った。


「さてアナ、これは君に。我が家の庭で育てている薔薇なんだが、前に話した君の髪色にそっくりだろう?」


「あっ……あの、ありがとうございます……」


「どういたしまして」


 差し出された花束を受け取って、アナは困惑する。

 こうして異性に花を渡されたこと自体初めてで、どうしていいかわからなかったのだ。


 しかもモーリスは年上の異性らしく余裕ある態度で手慣れている分、余計に不慣れな自分が恥ずかしいのとスマートなプレゼントにときめくのとでアナの心の中は大忙しであった。


「まあ! 朝から庭師をせっついていたと思ったらアナに花束を用意してらしたのね? やるわね、兄様ったら」


「お前は昨日の夜からはしゃぎすぎて寝られたのか?」


「んまぁ、レディーの秘密をそう易々口にするものではなくってよ! 相変わらずデリカシーが足りないわ!!」


 ここ数日、ジュディスは学園を休み実家に帰っていた。

 それというのも王子妃教育の一環で、異国の客人をおもてなしする役割を担っていたからだという。


 そのため、その役割を終えて週末に二人と遊べることがジュディスの励みになっていたのだとモーリスがこっそり教えてくれたことに双子は顔を見合わせる。

 その様子に王子妃として厳しい訓練を受けているはずのジュディスがふくれっ面をするのも彼らに対して気を許しているからだと思えば、微笑ましい。


「行くわよ、ヨハン! エスコートしてくださいまし!」


「あっ、待てよジュディス!!」


「お兄様、アナをきちんとエスコートなさって!」


「はいはい、まったくうちの妹は照れ屋だなあ」


「ふふ……ジュディスのあの明るさや引っ張っていってくれる性格のおかげでみんな助かっているんです」


「そうかい?」


 差し出された腕に躊躇いながら手を添えたアナは、モーリスと歩きながら言葉を続ける。


 アナにとってジュディスは、太陽のような人だ。

 朗らかで自分の意見をしっかりと持っている。

 だが驕ることなく周囲の言葉に耳を傾け、よりよい結果を求めて行動できる。


 時には誰かと衝突することもあるし、望まない結果に歯がみする姿を同室のアナは見てきた。

 ジュディスは負けず嫌いだ。

 だから次こそはと挫けず前を向いて果敢に挑んでいく姿に、アナはとても勇気づけられるのだ。


「……そうか。俺たちはまた別の話を聞いているよ」


「え?」


「ヨハン君は少し先走ることもあるが周囲をよく見ているし情に厚い。そしてアナ、君に関してはべた褒めだった」


「えっ……」


「グループ学習の際には常に率先して下準備をしてくれて、ほかの誰かのサポートに回ってくれているからこそ円滑が進むんだと言っていた。人の良いところを見つけて褒めるのが上手いんだって?」


 モーリスにそう問われてアナは首を傾げる。


 そうだっただろうか。グループ学習の際には確かに下準備を請け負った。

 だがそれはアナにとってメンバーを見て、自分が最適だと思ったからだ。

 班のリーダーとなったジュディスの能力が高いのは元より、ほかのメンバーはそれぞれに情報収集やそのほかの能力に長けていた。


 何もないアナは彼女たちがその能力を遺憾なく発揮できるよう下準備をする以外思いつかなかっただけだ。


 それからみんなの意見をメモに書き出して何を話し合ったのか、後々使える意見はなかったのかの参考にした。

 だがそれだってあくまで教師たちから教わったグループワークの手順に従ったもので、確かに生徒たちの大半がやりたがらない地味な役割ではあるが、アナにとっては別にいやなものではなかったというだけの話である。


「元々私は事務作業とか、書類関係は苦じゃなくて……両親の手伝いや、祖父の店で帳簿を習ったりするのが好きだったんです」


 そう、アナは自分の得意分野としてグループの中でその役割を担っただけだ。

 モーリスに対してそう説明すれば、彼は目を瞬かせてから「そうか」と笑ったのだった。

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