第7話

 アナとヨハンたちにとって初めての長期間の休み、その前にオーウェンと話がしたかった。

 そんなアナの言葉に、ヨハンも頷く。

 もしもオーウェンが領地に帰るなら、せっかくだから一緒に戻れたらいいな、なんて双子は笑っていたものだ。


「俺が寮に戻ってから伝えるよ」


「うん、お願いねヨハン」


 頼りになるのは双子の弟。

 仲の良い姉弟としてアナとヨハンは学年でも知られていた。


 ヨハンは快活で人当たりも良い性格のため、友人も多い。

 アナも内向的ではあるものの穏やかで聞き上手であることから、友人はそれなりの数いる。


 学園生活は順風満帆と言えた。

 二人とも学ぶことは嫌いでないし、働く祖父のことを見ていたこともあって商売の話に興味があるからベイア子爵が公益で領地を潤わせ、領民が仕事に困ることもなく、豊かな暮らしをしているその姿を見ている。


 それらを受け継ぎ、維持し、できればより豊かにしたいと願っているのだ。

 貴族としてそれは義務であり、両親に恥ずかしくない子でありたいと願う二人の気持ちであった。


「食堂はやっぱ混んでるなあー!」


「そうね……あっ、ジュディス!」


「あら二人とも。良ければこちらにご一緒しない?」


「えっ……で、でも」


 混み合う食堂は自由席だ。

 とはいえ貴族の子供たちが通う学園だけあって、三人掛けのソファを向きあわせに置くようなボックス席、テラス席、一人がけの椅子だってそれ相応のものが用意されている。


 ボックス席はそれこそ数が多いものではないが、決して少ないわけでもない。

 高位貴族家の子供たちが家の事情で話をする際に使うこともあるし、混み合っていない時間帯に談話室ではなくここで集まって課題に取り組む姿だって見られる。


 そんな中で友人同士が見かけて相席に誘う……ということは珍しい話ではなかった。

 だが、この時ジュディスの誘いにアナとヨハンは戸惑ったのである。


 何故ならばそこにいたのは本日視察に訪れていると聞いていた、王子殿下の姿があったからだ。

 勿論、王子殿下とジュディスだけではなく、その傍らには屈強な騎士の姿も見られるではないか。

 加えてそのボックス席には四年生のバーネット公爵令息ブライアンの姿まである。

 

 ジュディスがこの王子殿下の婚約者候補として名が挙がっているため、かの方と共に過ごしていることになんら不思議はないが、そこに特筆すべきこともない子爵家の双子が交じることはとても勇気の要ることだった。


「モルトニア侯爵令嬢から二人の話は聞いているよ、是非」


 戸惑う二人は、それでもブライアンにまでそのように促され断ることもできず「それでは失礼いたします……」とジュディスの隣に座る。

 並び順はこうだ、王子とブライアン。

 それに対面するようにジュディス、アナ、ヨハンである。


「ジュディスが仲良くしていると聞いて、会いたいと思っていたんだ。彼女はなかなかはっきりとものを言う性格だから、苦労していないかい?」


「いっ、いえ! ジュディスは……内気な私をいつも引っ張っていってくれるんです。とても頼りになりますし、いつだって励まされているばかりで」


「あら! 酷いですわ、殿下。そうねえ、でもアナがいてくれるととても助かりますのよ。わたくしは確かに言葉がきつくなることもありますが、公平でありたいと思ってもいるので……時には厳しいことを言わねばならない立場でもありますでしょう?」


「そうだね」


「けれどアナが一緒にいてくれると、彼女はいつだって人の良いところを見つけて教えてくれるからわたくしも多くの気づきがございます。ヨハンさんもそうですわ。いつだって困っている方を見たら手を差し伸べますし、わたくし二人のことが好ましいのです」


「ベイアくんのことは僕も聞いているよ、この間剣術でとても頑張っていたんだってね。見込みがあるって先生が褒めていらした」


「えっ、ほ、本当ですか!?」


 ブライアンから思いもかけない話が出たことで、緊張していた面持ちのヨハンもパッと表情を明るくした。

 アナもジュディスの褒め言葉に頬を染め、照れくさそうにしつつも嬉しそうに微笑む。


「個人的に呼び出すわけにも行かないし、こうして偶然とはいえ会えてよかった。これからもジュディスのことを頼むよ」


「もう、殿下ったら! わたくし、子供じゃありませんことよ?」


「気の置けない友人がいることは何よりも心強いことだよ、ジュディス」


「それは……わかっておりますわ」

 王子とジュディスの距離が近いこと、そして二人の親密さにアナとヨハンも事情を察する。

 公表されていないだけで二人は婚約者として内定しているのだろうし、想い合ってもいるのだろう。

 友人のそんな姿に二人は微笑ましくなったし、向かいに座るブライアンも同じ気持ちなのだろう。みんなが笑顔になった。


 そうして食事を楽しんだ彼らだったが、王子は次の予定がある。

 王子の見送りにはジュディスが付き添い、次の授業の準備があるというブライアンと隙間時間を利用して両親に手紙を書くことにしたアナとヨハンは、学舎に戻るべく中庭を通りがかった。


 そんな中、ふとブライアンが真面目な顔をする。


「そうだ、この際だから聞いておきたいんだがベイア嬢。二学年に在籍している僕の妹から話を聞いたんだが、君の婚約者――」


「アナ……?」


 問いかけられた言葉に被さるように自分の名前が呼ばれたことに、ハッとしてアナが振り向く。

 そこには見知らぬ女生徒と腕を組む、アナの婚約者……オーウェン・ブラッドリィの姿があったのだった。

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