第25話

 そうして過ごす日々の中、アナとロビンの関係は良好であった。

 しかしながら婚約には至っていない。


 二人は恋人と言うには初々しく、けれど双方に想い合っていることは誰の目にも明らかであった。


 そんな中、ブラッドリィ伯爵家からアナに手紙が届く。

 見ずに突っ返してもいいが、いったいどうしたことかとヨハンに同席してもらって内容を確認したアナは眉間に皺を寄せた。


 それはオーウェンからのもので、親交を取り戻したいという内容だった。


「あり得ないな。たしかに父上たちの友情はともかく、俺たちの代になればブラッドリィ伯爵家とベイア子爵家で縁は切れるだろうけど……だからってアナに手紙を寄越すか? 普通は次期子爵の俺と親交を深めるべきだろう!」


「あっ、ヨハンったら……」


 ヨハンの手によって細切れにされた便箋は、あっという間に火にくべられた。

 アナとしてはとっておきたいものでもなかったが、父に見せた上で苦情を入れるかと思ったのに物的証拠を燃やされて苦笑するばかりだ。


 手紙には親交を戻したいこと、ミアと結婚したはいいものの彼女が両親と上手くいっていないこと、社交の場でも周りから冷ややかな目を向けられることも多いこと。

 王子の婚約者とも親しいアナがミアと仲良くしてくれれば、きっと関係の改善を周囲も察してくれるに違いないと考えていること。


 確かにあのような婚約の解消の仕方は不誠実であったし、今では深く反省しているのでそれを伝える機会がほしいこと。

 幼馴染みとして、兄弟同然だったあの頃に戻りたい――そんな泣き言だったのだから、百年の恋も冷めるというものだ。


(いいえ、私はオーウェンに恋はしていなかったんだわ。多分)


 ただ、オーウェンが言うように情はあった。

 二人でブラッドリィ領のために頑張ろうと、支え合おうと思っていた時期があったのは事実だ。


 その思い出も、その手紙のおかげで残念なものになってしまったけれど。


「ヨハン様、アナ様、マグダレア様がお越しですが……」


「こちらにお通しして」


 ロビンは貴族になるための勉強の傍ら、最近は子爵家に通って領主としての仕事についても学んでいる。

 といってもこれまでそういった経験のまるでないロビン一人に任せるのではなく、どういった流れでどのような人材が必要なのか、そういった事柄を学ぶのだ。

 当面は熟練の補佐官を王弟が派遣してくれるとのことでそれに甘えるにしても、流れをまるで知らないよりはずっとましなはずである。


 そして約束の時間より少しだけ早くベイア邸を訪れるロビンは、その時間までアナと会話して過ごすのがここ最近の決まりごとだった。


「失礼……うん? 何かあったのか?」


「聞いてくれよロビン殿!!」


「あっ、ヨハン……」


 そうやってすっかりベイア家の人間はロビン・マグダレアという男を家族認定して付き合っているものだから、ヨハンはついつい先ほどきた手紙で腹が立ったことをロビンに包み隠さず告げたのである。

 別に隠すほどのことではないし、アナもオーウェンの手紙に小躍りして喜ぶようなこともないため話されて困ることではない。


 ないが、ロビンがどう思うのか、それがアナには気になった。


「そうか、それは大変だったな。アナは大丈夫か?」


「ええ……お断りの手紙はお父様に出していただこうと思うの。元々私はブラッドリィ卿と親しくするつもりはありませんし、今はまだ……友人関係にも戻れそうにありません。それに、夫人に関しては……そもそも、ご挨拶をしただけの相手ですから」


 挨拶をしただけ、そして婚約者を奪った女性と友誼を結ぶのはさすがに無理のある話だとアナは苦笑してみせる。

 そんな彼女に、ロビンも大きく頷いて同意を示してくれた。


「それがいい。あちらの家庭の事情は、あちらで解決してもらいたいものだな」


「本当にそれだよ! うちを巻き込むなっつーの!!」


「もう、ヨハン落ち着いて」


「だってアナ……!」


 アナは自分の立ち位置がまた微妙に変わってきていることを感じていた。

 傷物令嬢として社交の場では良い目で見られることはなくとも、王子の婚約者であるモルトニア侯爵令嬢と親しい・・・友人であるという事実がここに来て重くのし掛かるのを感じずにはいられない。


「……どうせだったら憂さ晴らしに打ち合いでもしないか、ヨハン殿」


「いいな、ロビン殿! 是非!!」


「あっ、待って二人とも!」


 颯爽と出て行く二人に目を丸くしたアナはその背を追う。

 なんてことのない日常に、オーウェンからの手紙がほんの少しだけ、彼女の心に不安を残したのだった。

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