第24話

 ベイア子爵がロビンを伴って数日遠方へと出向いた日があった。

 アナは何が起きているかなんとなく察しはしたものの、少しばかり心配な気持ちでそれを見送り、二人の無事の帰りを祈ったものだ。


 そして帰って来るなりロビンはアナの手を取り、満面の笑みを見せた。


「ありがとう、アナ嬢。無事にお目にかかることができ、俺の周りで起きた問題についてご相談することができた。必ず元いた部隊のみんなと、その家族の安全を守るとお約束くださった……!」


「まあ、よかった……!」


 誰にという言葉は伏せられているが、それでも十分に理解はできた。

 ロビンは心底ほっとした、晴れ晴れとした笑顔を見せている。

 そのことにアナも嬉しく思う。大したことをしたわけではないが、少しでも彼の心が晴れる役に立てたなら良かったと心からそう思った。


「そういえばあの方は、アナ嬢のことも褒めていたよ」


「えっ?」


「モルトニア侯爵令嬢が先日、外交官たちのために開いた茶会。あれがずいぶんと評判が良かったらしいんだ」


「ああ……そういえば、先日ジュディスに手紙を出しました」


 そう、先日、ジュディスからその相談をされたことを思い出す。

 といっても外交官を招くような国家的茶会についてアナは詳しくなどない。

 なんだったら高位貴族と下位貴族では茶会の規模もマナーも大分異なってくるからだ。


 ジュディスと友人関係になったことで、アナは高位貴族家の振る舞いやそういったことについて少しは・・・詳しくなったが、それでも十分とは言えないことを自覚している。


 では何が役に立ったのかと言えば、彼女が持つ異国の知識だ。

 興味から語学を学んだアナは、異国語を学ぶためにその国に関する本をなんでも・・・・読んでいた。

 それを覚えていたジュディスが、アナにその国についての本を読んだことがないか、こういったことについて知らないかと問い合わせてきたのだ。


 今回の外交は初来訪の国で、技術提携が行われる大事な前哨戦だったようだ。

 詳しくは知らなかったが、偶然にも読んだことのある内容がジュディスの役に立ったと知ってアナは嬉しくなった。


「宗教や習慣の違いに対しても理解しようとするモルトニア侯爵令嬢の細やかな気遣いに、あちらの外交官たちも大層喜ばれたそうだ」


「良かった……」


 アナが読んで覚えていた内容だ、本があるということは国中を探せば誰かしらやはり知っている人間はいたに違いない。

 それでもたまたまとはいえ役立てたことはアナにとっても誇らしい。


「その、ところで」


「なんでしょう?」


「……これを」


 差し出されたのは、包装された箱だった。

 綺麗にラッピングされたそれを差し出すロビンの顔は赤く、アナはそれを見てから彼から自分宛の贈り物なのだと理解して彼女もまた頬を赤く染めた。


 これまで、贈り物をされたことはあった。

 オーウェンから届いたことも、モーリスから手渡されたり届けられたものも含めれば一般的な貴族令嬢と変わらない数だけ、贈り物はもらっていると思われる。


 だが、目の前でおそらく彼女のために選んで、彼女を前にした途端にこんなにも照れくさそうにする男性のことを、アナは知らなかった。

 おずおずと差し出された箱を受け取って、そっと胸におし抱く。


「高価なものではなくて、でもアナ嬢のその髪にきっと似合うと思ったんだ。これは礼とかじゃなくて、ただ、その……見つけた時に貴女を思い出して、それで……」


「は、はい……」


「受け取ってもらえたら、嬉しい」


「あ、ありがとう、ございます……」


 高価な品でもなく、義務として贈るのでもなく。

 ただ、目にした時に思い出したから……と素直な気持ちで選んだと言われて、アナの胸が喜びに満たされる。


(ああ、こんなにも優しい人、素敵な人のお手伝いができて良かった)


 喜ぶアナに、ロビンもほっとした様子を見せる。

 そうして二人はいつもの・・・・ように、穏やかな時間を共に過ごすのだった。

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