拾 『選定式』北亀

 ——初めはただ、使用が無かっただけだった。

「ふーん、今代には面白そうな人の子はあんまり居ないねぇ」

 前の巫が死んで、玄武は新しい巫を探す。白羽の矢が立てられるのは、四族の血を色濃く受継うけつぐ直系の者だけ

 玄武は、黎本家の屋敷に築かれたやしろから分神体を飛ばして様子を探った。其れは玄武の手足となり、片目を通して情報を送る。

「んん~、今の直系の女児は……っと」

 左の眼が、右往左往した画面の中で赤子と幼子を翠緑ツイリュー色に捉えた。

「みぃつけた」

 細い瞳を更に細めて、少し瞳孔を開かせる。

「現当主の子は乳飲子ちのみごの男児で、当主の姉の子は小娘かぁ。今代は直系の女児が一人しか居ないみたいだし、そっちの子しか選択肢ないよねぇ」 

 玄武は分神体を消して視界共有を止め、残念そうに息を吐いた。


 ~~~


 玄武の巫選定の日。

 本家の者は皆屋敷に集められ、社の前に平伏ひれふした。大人に混じり伏す少女が一人で社へと歩み、礼をする。

「わたくしは黎家直系の娘、黎 霰琳と申します」

 幼気な瞳を吃驚きっきょうに染めながらも、大人さながらに話す少女霰琳。

「——ふぅん、君が……」

 社の扉が開け放たれ、顕現した玄武は社の天辺に膝を立てて座った。の風圧で辺りの木葉が落ち、霰琳の頭にそっと乗る。

「!」

 玄武と会った時点で巫の契約は済まされていた。玄武の声が聞こえるのが証拠と言えるだろう。

「わたくしは、玄武の巫に選定されたのね」

 神を前にして、平然と佇む霰琳。巫の家の者は神威かむいを前にして平伏す事が多いのだが、何処どこにでも例外は存在するものだ。

「霰琳が玄武の巫に成ったぞ! 今も玄武様の御言葉を耳にしている!」

「その子は唯一の直系だからなぁ。選ばれて当然と言うべきか、素直で良い子であったから流石と言うべきか」

 おおっと歓声が上がる中で、霰琳は丁寧な御辞儀を玄武と本家一同に見せた。


「では、れにて選定式を終了とする」

 ——その後は華やかな宴が催され、主役の霰琳は

 当主に近しい権力を今しがた得た霰琳は、頬に手を当て憂い顔を露にした。

「わたくし、少々疲れてしまいましたわ。何せ、選定の儀が終わり次第、れ程までに愉快な宴へと参加したんだもの」

「まあ、れもそうか。お前は未だ八歳であるからな」

 当主でさえも、巫の言葉は無視できない。彼女の一言で今宵は解散となり、霰琳は早々に寝所に就いた。

 姿を消して霰琳と共に居た玄武は

「……此れで、御父様も御母様も喜んで下さるわ」

 唐突に彼女が紡いだ言の葉に、玄武は不快感を覚える。

『ねぇ、何で君はそんなに誰かを想うの? 人の子はいつもそうだよねぇ?』

 純粋な質問だった。玄武は人の子の事を何一つ知らない。遠い遺伝子は惹かれ合うと言うが、今までの巫全てに魅力すら感じなかった。

「御父様と御母様が良くやったと言って下さらないと、わたくしの存在意義が無いの」

『ふーん』

 さして興味の無さそうな相槌を打って、玄武は『まぁ何でもいいや』と話題を変えた。

「君は簡単に死なないでね? どの子も皆、すぐ居なくなっちゃたし」

「居なくなった……?」

 年齢相応に首を傾げて疑問符を浮かべる霰琳に、玄武はしーっと人差指を口許に寄せる。

「君になら話してあげよっかなぁ」

 何時いつも夜五つまでに眠る霰琳は、の日遅くまで玄武の話に耳を傾けた。

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