伍 『命令』

 現在、霰琳は牢の中。

 北亀は国守神くにもりがみである故に難を逃れてり、人型に戻って牢の外から霰琳を見つめていた。

『ん~、小霰はの後如何どうしたい?』

「わたくしはただたのしい事がしたいだけですわ。北亀は、永遠とわにわたくしと一緒に居てくれるのでしょう?」

『うん』

 にまりと笑う北亀に、霰琳は花笑む。そして、何時いつになく真剣な面差おもざしで己の神の真名まなを口にした。

「——北亀」

『なぁに?』

「——わたくしを此処ここから出しなさい」

『うん、いいよぉ。出したげる』


 人の子も神も皆、其々それぞれの個体名である真名まなを持つ。人の子は何気なく他人ひとに名を授け、の真名を他人ひとに明かす。が、真名を知られるとは命を掌握されるも当然の事だ。神は安易に名を明かさず、自らが選んだ者にのみ真名を教えた。

 鬩霓国かくげいこくの、皇族を含め伍族ごぞくが神を手玉に取れているのは真名を握るかんなぎの存在がってこそのもの。名を使えば絶対服従の命令を下す事が可能になり、神の制御及び管理をする役割を遂行できたのだ。


 ——と、複数の何者かの話声はなしごえが霰琳の耳に届く。

 北亀が不快に歪んだ顔を見せたが黙殺もくさつし、姿を消せと眼で伝えた。諦めた様に空に溶込とけこむ北亀。

 霰琳は早急に表情を作替つくりかえ、哀愁漂う体裁を身に纏った。

 やってきた宦官かんがん達は、巻物を取出とりだして前触れなくれを読む。

「罪人、黎 霰琳。貴殿は、上級妃毒殺未遂で凌遅刑りょうちけいとする。って、淑妃の位を剥奪し、黎一族を追放処分と判決を下された」

凌遅刑りょうちけい……」

 凌遅刑りょうちけいとは、肉体を徐々に切り落としてゆき、長時間に渡り苦痛を与えながら死に至らしめる歴史上で最も過酷な刑だ。

 格子こうしの隙間から除いた彼らの顔は、人の子が持つ本来の冷酷さが見える。他人ひとからすればただの他人事で、無関心を貫けるだろう。

凌遅刑りょうちけいを行うなんて、上の者達は余程わたくしが嫌いだったのでしょう。わたくしはしばらくくすると処刑台の上に居る事となりますし、の後は如何どうしましょう……?」

「……黒曜宮は最早もはや、次期淑妃の所有物である。貴様が所有権を握っている物は無い。牢からは出られんぞ」

 途端に態度を変えた霰琳に若干じゃっかんの戸惑いを見せながらも、宦官かんがんは仕事を全うした。

 肩の辺で、空気がぴりっと弾ける。

『……あ~もう、五月蝿うるさいなぁ。小霰が折角俺に御願おねがいしてくれたのに、烏滸おこがましく途中で口出ししないでくれる?』

 顕現けんげんしたと同時に宦官を一人蹴り倒した北亀。あら、と霰琳は口許を抑えて微笑した。

『ちょっとだけならの無礼も許してあげたのにねぇ。俺の小霰に溜口ためぐちくし、遂には凌遅刑りょうちけいだとか言い出すしぃ?』

 蛇の如き瞳孔を横に動かして、北亀は誰一人逃がさぬ意をあらわにする。

『何? 如何どうして今更逃げようなんて思えたの?』

 次々と宦官を薙倒なぎたおしていく北亀に、霰琳は恍惚とした表情を浮かべた。

「嗚呼……北亀は、わたくしの為にの力を……」

 歓喜と愉悦から、ぞくぞくと体が震える。

『小霰、もう出してあげる。邪魔な奴らは居ないから』

 我に返った霰琳は、血に染まる北亀の手を迷いなく取って立上がった。

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