拾肆 『分家筋』母

「姉様、待ってください……っはぁはあ」

宇晨ユーチェンの足が遅いのが悪くてよっ」

 姉様と呼ばれた少女、絢蘭シェンランは、広い本家の庭で弟を置いて走っている。

 此の頃は毎日が輝いていた。純粋で可愛げがある弟、由緒正しい血筋。其れ等を持ち合わせる自分はなんて恵まれて居るのだろうと……。



 時は経ち、絢蘭は十八になった。一歳になる娘と夫が居て、共に本家で暮らしている。

「んぁあぅ」

「あら、霰琳シェンリンわたくしに何か?」

「たた! ぶぇんあぃ?」

「ええ、そうですわよ」

 吊り目故に気性が激しいと思われがちで、幼子にはよく泣かれる絢蘭。だが子供は嫌いではなく、つたない言の葉で必死に話す霰琳を愛おしく見守った。


 ——だが、そんな日々が壊れるのは一瞬の事で。

「お前、何を勘違いしている? 貴様等が、由緒正しい本家筋な訳が無いだろう。家の力に酔いれて、事実をすっかり忘れたのか?」

「何、を、」

「私は‼ 姉様が、本当に私の事を弟として愛してくれていると……そう、思っていたのに」

 可愛くて真っさらな弟は、少し会わぬ間に変わってしまった。二枚目になった義弟が、悲痛な顔で絢蘭を責立せめたてる。当主としての重圧がそうさせたのだろうか。良い姉であろうとした自分に反吐が出る。……否、彼は本当の弟ではなかった。

 ——絢蘭には本家の血が流れていない。十数年を経て知った事実。

「私が分家筋ですって? 分家の分家の分家の血……」

 よく考えれば分かる事だった。本家直系の血が流れる女が、こうも長く生きられる筈がない。

 当代の巫が死ぬと、其の一週間程度後には新たに巫が選定されるのだ。幾ら女児が多くとも、直系限定で十歳迄の期限付きである巫の役は必ず回って来る。五歳に選定された者は五年後には死に、選ばれた次の巫が八歳ならば二年後には逝く。

「宇晨は本家の息子で当主——。私は、幼少期に本家へ養子へ入った只の女……⁉」

 到底受入れられるものではない。今迄いままで当たり前の様に与えられてきた物も者も全て見せ掛けの張りぼてだった。

「今更本家筋ではないと公言してっ、そんな事は許さなくってよ‼」

 使用人が結った己の髪を掻きむしり、絢蘭は発狂する。

「嗚呼、……霰琳‼ 私が分家筋の娘ならば、あの子は本家直系では無いの⁉」

「いいや? あの幼子は本家の方だよ。ほら、君の夫。彼奴あいつは当主の兄だからさ。まあ出来損ないの落ちこぼれなんだけど」

 偶然場に居合わせた夫の友が、絢蘭に向かってそう言い笑んだ。娘が本家の直系であった事への安堵と、夫が本家筋なのを始めて知った驚き。其れ等が入り混じって頭が混乱する。

 だが。

「あの子はやはり、由緒正しい本家筋の子——‼」

 絢蘭の中で大半を占めるのは霰琳の事で、其処に希望の光が見えた気がした。


「いいですか、当主の娘——当代の玄武の巫が死んだら次は貴女が巫なのよ。礼儀作法は必要以上に学び、淑女の鏡になりなさい」

「はい、御母様。わたくし頑張りますわ」


 大切で可愛い娘には、何時何時いつなんどきでも教養高く由緒正しい〝黎家の女〟になっていて欲しい。

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