参 『玄武』

 琉賢妃リゥけんひは青龍、皓徳妃ハオとくひは白虎、赫貴妃フゥアきひは鳳凰のかんなぎである。そして残りは黎淑妃リーしゅくひ霰琳シェンリン。彼女は北を司る玄武の巫だ。


北亀ペイグゥェイ、北亀。何処どこるのでしょう? 早く姿を見せて」

 やや焦燥感しょうそうかんが混じる声色で、霰琳は『北亀』を呼ぶ。

『——なぁに、小霰シャオシェン如何どうしたの?』

 ——空気が揺らいで空間が歪み、ぬっと人が顔を出した。

 霰琳と同様の百草霜パイツァオシュワンの髪に、蛇の如く細い瞳孔どうこう。虹異彩色症の槐黄ホワイホワン眼と翠緑ツイリュー色の瞳を持つ中性的な青年だ。

「あ、嗚呼、良かった……。北亀が中々わたくしの前に現れないのだから、のまま独りきりになってしまうかと思ったわ……」

 言の葉に詰まりながらも安堵あんどの息を吐くと、北亀は眼を細めてくっと笑む。

『……全く、小霰は可愛いなぁ。機嫌を直して。僕は君を独りに何てしないのにね? 〝玄武〟の神名しんめいと〝北亀〟の真名まなに誓ったげるから』

 玄武。北を司りし冬の神だ。其の神獣姿は、大蛇が取り巻く大亀である。

「分かったわ……わたくしの方こそ、はしたない姿をさらしてしまいました」

『大丈夫だよぉ、どんな小霰も可愛いから』

 惜しまず口説くどき文句を繰返くりかえし、霰琳を愛でる北亀は——、国守神の五神獣が一角の〝玄武〟。

 五神獣らは基本、獣の姿を取る事が多い。白虎は気が向けば人型になるが、青龍や鳳凰は獣型を維持いじしていた。


 神はの神体から少なからず神気しんきを放つ。獣型は神気の消費を抑え、人型は消費が激しいのだ。人の子の供物くもつに含まれる神気を取込とりこみ、定期的に神気を補う必要がある。ゆえに、神も滅多な事には人型を取らない。

 だというのに、玄武こと北亀は常に人型を取っている。れはひとえに、玄武が四神最古の神ゆえだ。

『小霰、如何して頭から血が出てるの?』

嗚呼ああれの事でしょうか。琉賢妃にやられただけですわ、怪我が付物つきものですもの」

 髪を掴まれた時の怪我で、髪は抜け頭皮からの血が乾いて変色している。

『……ふーん、そっかぁ』

 眼の笑みを消去って、北亀は相槌あいづちを打った。霰琳を軽々と背後から抱上げると、共に寝台へと飛び込む。

 埃が舞い、ぼふんと寝台用の敷布団が霰琳を受け止めた。

『今日はもう寝よっかぁ、小霰、疲れた顔してるから』

 北亀は後ろから霰琳を抱締だきしめたまま、少々薄汚れた寝台で共に眠る。


 ——霰琳が眠りにくと、北亀は寝台から立上がった。

『さぁて、賢妃は如何どうしようかなぁ』

 ふらりと寝殿を抜出ぬけだし、黒曜宮を出る。のまま賢妃の居住場所である瑠璃宮に侵入すると、腕を千切って其処そこに捨て、神気をまとわせた。途端に変形して人型の何かに成る〝元〟腕。

『標的は琉 菫花。ほぅら、行っておいで?』

 人の子の姿をした分神体は、菫花妃の寝殿内へ入ってゆく。

『んぁー、ついでに、皓 月汐ユーシーと赫 藜蘭リーランも後で襲っとこ』

 分神体に指示を出した直後に菫花妃の絶叫が、れに続いて月汐妃と藜蘭妃の悲鳴も届いた。

 次いで後宮内は一気に騒がしくなり、紅灯笼こうとうろうに灯りが付けられる。

れもぜぇんぶ、俺の小霰を害すからいけないんだよ』

 目的を果たし機嫌の良い北亀は、鬼瓦おにがわらに腰掛けにぃっとわらった。雲隠れする十三夜の下で、へいの上を大きく飛躍してゆく。

『あれぇ? こんなところに何だろ』

 月明かりに照らされ北亀が拾った物は、土に汚れた一枚の招待状だった。

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