拾弐 『黙殺』北亀

 玄武の過去の話を聞いた、翌朝。

 霰琳シェンリンは寝不足故に欠伸あくびをしながらも、何とか礼儀作法の稽古を続けていた。帝の妃になるのは既に決定事項で、唯一直系の女児であった霰琳には大勢の教師と過密日程が付いて来る。

(玄武の巫は皆短命だと書物にはあったけれど、其処迄そこまでだとは思っていなかったわ……)

 夜な夜な延々と語られた人の子の内容は、とても他人事とは思えないものだ。玄武が名も忘れたと言った白詰草(シロツメクサ)の笑う子供は、霰琳の選定式が行われる一週間前に亡くなった乳姉妹ちきょうだい従姉いとこ。本来であれば彼女に付いていた筈の使用人や教師が全て、霰琳の物になった。彼女が行く筈だった後宮も、今や霰琳の行く先である。

 前の、その前の前の前の前の前の前の巫も、己の前の巫から全てを受継いでいるのだ。私物や生活、死に逝く運命さえ。


 鬩霓国かくげいこくの神の巫は全員帝に嫁ぐ事が義務付けられているが、玄武の巫が後宮入りした事例は無いのだという。

(わたくしが生きられるかは別として、御母様と御父様は喜んで下さっているのよね。此のままもっと頑張らないと、御母様はわたくしを見て下さらない)

 物思いにふける霰琳に師の叱責が飛んだ。

申訳もうしわけ御座いません」

 悲鳴にならない声を喉の奥で押し殺し、角度も秒数も何もかもが完璧な礼をして見せる。



 ——其の様子を室内の角から眺めていた玄武は、訳の分からぬ感情に打震うちふるえた。

『……面白いなぁ、ほんっとに面白い』

 口角が上がる口許に手をやり、ぞくぞくと震える体に腕を回す。

 泣いて縋り、巫の任を解いてくれと叫ぶ者は大勢いた。死という言の葉すら知らずに逝く幼児も多かったが、勿論玄武が自ら玩具がんぐを手放す筈も無く。

 大して興味のない物ばかりの世の中で、自らの巫は唯一興味がある物だろう。只、初めは期待していても、どの人の子もやはり同じだと思ってしまうのだ。縋って、泣いて、怒って、癇癪を起して、衰弱して、死ぬ。

『僕を見ないなんてねぇ』


 ——けれど。

 哀れで、可哀想な存在。

 全ての行動の先には目的があるが、其れを達した処で何にもならないのに努力している。

 両親に見てられても、意味の無い希望を胸に両親丈を追っていた。

 努力して、笑って、喜んで、もっと頑張って、頑張って、心が死ぬ。

 其れが霰琳だった。


『憐憫を誘う姿の人の子は腐る程見てきたけど、直向ひたむき頑張る丈の人の子なんて初めて見たなぁ』

 興味深い存在。

『——でも、其の関心が全く僕に向いていないのには腹が立つ』

 こんな感情は初めてだ。如何にかしてあの子の心を此方に向けさせたい。



『一度壊して、僕だけが知ってる君に作り変えておかないと』




 ——数年後。

 霰琳は驚く程簡単に壊れて死んだ。

 彼女が幾ら努力を積んでも辛辣な親族達をえて放置し、心がぼろぼろになって亡くなるのを静かに待つ。助けを求める事すらしない霰琳は、心身共に呆気なく崩落した。


 『初めまして、僕の小霰シャオシェン』。

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