番外編 『呼び名』

【選定式後、数年の間にあった事】


「そう言えば、貴女がわたくしを『君』と呼ぶ事なのだけれど」

 過密日程で一息吐く間も無い日々。 何時もの様に、霰琳シェンリンは玄武へと気兼ねなく話し掛ける。

『其れがなぁに~?』

「私は『君』という名では無いわ。貴方はわたくしの神なのだから、きちんと真名で呼んで欲しいのよ」

『何でぇ? 名を呼ぶより短くて覚え易いと思うんだけど~』

 睡魔に蕩けた身体から、淡々と紡がれる気怠そうな声音。合理的で冷静に物事を判断するのは神故か、其れとも玄武の気質だろうか。

「でもっ、貴方はわたくしの神なのだから」

『そういうことなら、僕の真名だって『貴方』じゃぁないんだけどなぁ? 今迄の巫も全然僕の真名を口にしないし、つまんなぁい』

 空でくるりと逆さまに体勢を変え、一瞬にして霰琳の目の前へと移動した。つい先程迄眠気に抗えていなかった様子が嘘の様に開いた瞳孔を開かせ、『それに』と玄武は付加つけくわえる。

『君は、〝僕の〟巫なんでしょ?』

 ぐうの音も出ない反論に、霰琳は歯を食縛くいしばって眉を寄せた。変顔にしか見えぬ彼女の表情に玄武は吹き出し、霰琳の表情は更に悪化する。

「嗚呼もう分かりましたわ! 確かにわたくしも悪かったかもしれないもの」

『ふふっ、あははははっ。悪かったかもって、随分強くなってるねぇ』

(そりゃあそうかぁ、今、僕が君を壊してる最中なんだから。あの頃と比べれば、多少おかしくなって飛んでるのも当たり前かぁ)

 冷静な頭が情報を的確に識別して、玄武は胸の内でそう呟く。

『じゃあ、呼んであげる。君は特別だからねぇ、多分だけど初めての生き残りだ』

 歴代の巫等如何でもいいし、短い付き合いだった彼女らは覚える必要のない程価値が無い。

『ん-、霰琳だから、小霰シャオシェンかなぁ』

『わたくしは……北亀ペイグゥェイ、と真名で呼ぶわ』

 真名を呼んで欲しい玄武には〝北亀〟の真名を、名で呼んで欲しい霰琳には〝小霰〟のちゃん付けを。

 二人の仲がぐっと近づいた事だった。

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