玖 『黎一族』

 あれから約しち年。霰琳は齢拾伍じゅうごとなり、後宮入りを果たそうとしていた。

「御母様と御父様も、一緒に皇都まで来て下さるのかしら」

の様ですねぇ。奥様は何やら御準備をなされているようですし」

 乳母が頷くと同時に両親が顔を見せる。

 立てた膝の上で頬杖を突いて、北亀が馬車の上から此方を見下ろしていた。

 御者が手を差出さしだし其れに掴まって乗ると、途端にむっとした顔になる北亀。

 父と母は共に馬車へ乗込のりこんだ。

「御母様と御父様は皇都まで同行して下さるのでしょう? わたくしとっても嬉しいわ、何せれで久しく会う事が出来ないのですし」

 弐の意味が察せられるの言の葉。両親に会う事の無い喜びか、両親が同行する事に対しての喜びか。

「そうね。私の子がれ程までに良く出来た娘になるとは思っても見なかったわ」

 母は、前者の意味には気付かずのうのうと息をした。

「いいか、霰琳。皇帝に取入とりいれば我が一族は繁栄を極める。しっかりやるんだ」

 何処迄どこまでも身勝手で腐った大人は存在する。

(……嗚呼、如何して大人とは皆こうも面倒臭い者なのかしら。そんな大人になるのならば死んだ方が良いですわ) 

「はい」と微笑みを浮かべる裏で、霰琳は倦怠けんたい感一杯に辟易していた。

 霰琳が開け放った窓からするりと北亀が入り、そうこうする内に馬車は出発する。


 ~~~

 

 誰一人口を開かない静かな馬車内で、霰琳は父に話し掛けた。

「御父様は、とても優れた武道家だと乳母に聞きましたわ。黎族に生まれた男児として、玄武の巫わたくしの父として素晴らしい事だと思います」

 腐った大人は、称賛の言の葉を浴びせれば安易に調子付く。

「黎家の風格を保つ為にも、当然の事だ」

 眼に見えて増長した父に、此処ここで核心を突く一発を。

「——では、御父様はの攻撃を如何どう受けるのでしょう?」

 道中眼晦めくらましましの術で姿を隠していた北亀が、ぱっと姿を現した。同時にの左の手から闇が溢れ、大斧へと変化する。

「霰——」

 霰琳は父が咄嗟に繰出くりだした刃を軽く手でいなして、不敵に微笑んだ。

「残念ながら、御父様の相手はわたくしではありません。北亀、御父様をよろしく御願いしますわ」

『ね~ぇ、俺の小霰に何しようとしたの? 長年苦しめておいて、最期迄さいごまで俺の小霰を害そうとする害悪がさぁ』

 北亀はそう詰寄つめよるが、其の時にはもう既に父の首は無かった。

『……あーぁ、此奴こいつが生きてる寸前に言えば良かったぁ』

「ふふ、別にいいでしょう? 北亀」

 ねる北亀をなだめてから、眼を見開き戸惑う母に霰琳は言い放つ。

「御母様、と御父様、今迄いままで散々有難ありがとう御座いました」

 次の瞬間、母は恐怖の余り衝撃死(ショック死)した。

『あれぇ、れ位で死ぬなんて想定外ー。娯しくないなぁ』

「んふふ、そうかしら。過ぎた悪戯だと思えば中々に娯しいけれど。嗚呼、そうだわ。北亀、皇都に付いた頃にはきっと御者が惨事に気付くでしょうから、の者も纏めて後にほふりましょう?」

 喜色満面でそう発案した霰琳に、北亀は嬉しそうな顔で頷いた。

 元は純黒の座席に黒味掛かった赤が染込しみこみ、どす黒い色彩を作り出す。



 そして霰琳は、今日も今日とて破顔一笑して北亀に伝える。

 ——「有難ありがとう、北亀。大好きよ」、と。

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