第13話 二人旅と、オアシス

 敷き詰められた砂の荒れ地を、タイヤで砂埃を巻き上げながら、疾走するバイク。


 特に向かい風が強い日で、オーサンは布をフェイスマスクのようにして口元を覆いながら、後ろに乗るローストに声をかけた。


「集落にいたのはちょっとの間だったのに……こうして走るの、な~んか久しぶりな気がするなァ。ロースト、今日は風が強いが、大丈夫かい!?」


「ン。大丈夫」


「おお、そうかい! いやぁホント便利だな、その光ってんの、砂とか弾けて。ん? 光ってるコトは関係あんのかね、よくわかんねぇや、ガハハ」


 適当なことを口走りつつ笑い飛ばしたオーサンが、バイクの速度を上げつつ、前方に意識を集中する。


 叩きつけてくる砂粒よりも――風を切る感覚が、心地よくて。


 オーサンは、以前にも聞いたことを、ローストに問いかけた。



「どうだいロースト、気持ちいいか!?」


「ン―――きもちいい」


「そうかい、そいつぁ何よりだ! ガッハッハ!」



 豪快に笑い声をあげるオーサンに、ふと、一人で旅をしていた頃には思いもしなかった、不思議な感覚が芽生えた。


 生来、陽気な性質のオーサンはおしゃべり好きで、良く独り言を口にしていたが――相棒とはいえ、バイクが返事してくれる訳でもなし。


 けれど今は、すたれた研究施設で出会い、何の因果か旅のお供となった少女――ローストを、後ろに乗せて。


 ぽつり、ほとんど無意識に、風にかき消されるような小声で、オーサンが呟いたのは。



「………ああ、楽しいなァ」


「? ………ン?」


「……ヘヘッ、何でもねぇさ、イイ風だなって思っただけよ!」


「ン。いい風」


「だな! ガッハッハ!」



 大笑いする精悍な男と、佇むように後ろに座る純白の少女。


 そんな二人が、暫くバイクを走らせるまま、風を受け、終わった世界の荒野を駆け抜けて――


 どれほど経った頃か、陽射しを避けられるほどの小高い丘に差し掛かった頃、オーサンが何かを発見する。


「ん……オッ? ありゃ、木に……オアシスか? ……フーム、イマイチ期待できねぇし、危険もあるが……物は試しだ、いってみっか!」


「ン。いってみっか」


「オウ、だが油断すんじゃねぇぞ~、注意するんだぜ、ロースト!」


「ン。注意する」


 ほぼ繰り返している言葉だが、とにかくローストの肯定を受けて、オーサンがバイクに方向転換させた。


 ◆     ◆     ◆


 オアシス――といっても、こじんまりとした規模で、大きな水たまり程度のもの。

 恐らく脇に見える小高い丘から、辛うじて溜まった地下水が水源となっているのだろうが、生えている木の元気の無さといい、見るからに心許ない。


 肝心の水質も、いかんせん――軽く調べてみたオーサンが、ため息を吐く。


「はあ……やっぱダメだな、水っつーか、もうほとんど泥だぜコリャ。この風の強さに砂塵じゃ仕方ねぇけど……それだけじゃなく、地面の下自体が元気ねぇんだな。そういや俺のが昔、世界が崩壊して以降、どこもかしこも汚染されちまったみてぇだ、とか言ってたなァ……まあとにかく、水の補給は難しいか」


 言いつつ、オーサンが念のため携えたボウガンを構え、オアシス――もとい泥だまりに背を向け、警戒を強める。


「だがこの辺の野生動物なんかは、こんなでも飲めちまうみてぇだし……寄ってくるコトも多いかんな。例の大トカゲだとかも、準備ナシに出くわしちゃ危険だし、さっさと立ち去るか。水が手に入るンなら、ともかく――」


「ン―――水、手に入る」


「へ? ロースト、何言って―――う、おっ!?」


 ローストが抑揚よくようなく呟いた、ほぼ直後――オーサンの背後、泥だまりの方で、閃光が迸る。


 一体何事か、とオーサンが振り返った時、その目は信じられないものを映した。


「どうしたロースト、何があった―――へ?」


 つい先ほど、オーサンが見限った泥だまりは、何処へやら。



 まるで、入れ替わるように―――透明な水をたたえる、が、そこにあった。



 オーサンもさすがに唖然あぜんとしていると、ローストは無造作にかがみ込んで、小さな両手で水を一掬ひとすくいし――これまた小さな口に運んだ。


「……はっ!? お、オイオイ、ロースト! ちょっ、ちゃんと調べてからじゃねぇと……だ、大丈夫か? それ、飲めるのか?」


「ごくん。……ン、飲める」


「そ、そうなのか? ……ウマイかい?」


「ン。うまい」


「おお……そっか! そいつぁ―――む、む~ん」


 いつもの調子で笑い飛ばしそうになったオーサンが、アラニの言葉を思い出す――ローストの不思議な部分を、『もっと色々疑問に思いなさいよ』と。

 実際、それを掘り下げることが、ローストのためになるかもしれないのだ。


 そう思えばこそ、オーサンは珍しく真剣な表情で――ごつごつとした両手を、ローストのほっそりとした両肩に置きつつ、問いかけた。


「ロースト……おまえさん、今の……ここの泥だまりをキレーにして、オアシスにしたのは、おまえさんなのかい? 何を、どうしたってんだい? あー、そうだな……自分が何をやったのか、かい、かい?」


「? ン。…………わかんねぇ」


「ウ~ム、そっか。ム、ムムムッ……」


 ローストの返事はいつもより間が空いていて、本人も考えてくれたのだと、オーサンは何となく理解した。


 とはいえ疑問が解ける返事ではなく、オーサンも考え、そして続けた言葉は――


「―――まぁわかんねぇなら、仕方ねぇか! ていうか答えられたとしても、俺ぁ学がねぇし、よく分かんなかったかもな、ガハハ!」


 結局、いつもとあまり変わらないのだった。

 まあそれでも、アラニの言う通り気にかけただけ、進歩しているのかもしれない――とにかく、とオーサンが結論付けるのは。


「まぁハッキリしてんのは……珍しくキレーな水が補給できてラッキーだ、ってコトだな! 大手柄だぜ、ロースト!」


「ン。おおてがら。……ン、ふぁ……」


「お? ガハハ、でっけーアクビだな。ま、今日は結構な距離を走ってきたし、疲れちまったとしても仕方ねぇや。もう夜になる頃合いだし、休むとすっか!」


「ン~……ン、やすむ」


「おしっ、了解だぜロースト。……でもま、こんなにキレーなオアシスじゃ、動物が寄ってきてもおかしくねぇからな……ちょっくら安全なトコまで移動するぜ。よっこいせ、っと」


「ン~~……」


 無表情ながら眠そうな声を漏らすローストを、オーサンは軽々と――けれど優しく抱え上げ、バイクに乗せてオアシスを離れた。

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