第5話 終わった世界を、バイクで駆け抜ける――

 見渡す限り荒野、整備などされているはずもない、この砂漠は――最低でも、オーサンの駆る大型バイクほどの機体でもなければ、ロクに進めはしないだろう。


 分厚いタイヤで小石をき潰しながら、いつもより遅いスピードで相棒を走らせていたオーサンが、後ろに座る存在を気にかけた。


「……ウーム、やっぱ相変わらず風はつえぇな、ゴーグルしてても砂が叩きつけられるみてぇだし……なぁロースト、ホントに大丈夫か―――んおっ?」


 だがオーサンの心配は、杞憂きゆうに終わる――少女に起こっている、異常事態をもって。


「………………」


「ロースト……おまえさん、なんか、体が光ってねぇか……? 肌が日光を反射してる、ってワケじゃねぇよな……てか、砂が体を避けてんじゃ……」


 オーサンの言う通り、向かい風ごと叩き付けるような砂塵さじんが、一切ローストの体には届いていない――服にしている純白のガウンに、バイクを走らせてから砂粒の一つたりとて、付着しているようには見えないのだ。


 いや、もはや風圧さえも防いでいるのではないか、少女の銀白色の髪は、ささやかにしか揺れていないのだから。


「こ、コリャ一体、どうなってんだ……ロースト、おまえさん、そいつぁ……!」


 だが、それはやはり異常事態――まだ出会って間もない少女が、そのような尋常ならざる力を見せれば、誰でも恐れるのは必然。


 そう、オーサンとて、思わず口から出た言葉は――!


「―――そんなん出来るとか、なんか便利でイイな、ガハハ!」


「ン。便利」


「おお、羨ましいぜ~! まあ嬢ちゃん、なんつーかミステリアスだし、そんなコトもあんのかもな、ガハハ。よっし、そんなら、もっとスピード出しても大丈夫か!」


「ン。だいじょうぶ」


「おーし、んじゃ振り落とされねぇよう、しっかり掴まってろよ!

 さあ、いくぜぇ~~~……GoGoゴーゴー!!」


「ごーごー」


 特に恐れもないどころか、受け入れてしまうオーサンの豪放磊落ごうほうらいらくさに――ほぼ平坦な語調ながら言葉を追いかけるローストが、言われた通り彼の背にしっかり掴まると。


 オーサンは、慣れた素早いクラッチ操作でギアチェンジし――速度を上げる。


 瞬間、向かい風と共に叩きつけられる砂塵は、強くなれど。


 すれ違う風は―――日を遮るもののない熱砂の大地で、暗く沈んだ終わった世界で――そんなことは忘れてしまうほど、爽快に吹き抜けていく。


 相棒で風を切る、この瞬間が、たまらないのだと――オーサンは、自身の背を掴む少女に声をかけた。



「へへっ、どうだいロースト、気持ちいいか!?」


「ン―――きもちいい」


「そうかい、そいつぁ何よりだ! ガッハッハ!」



 ローストの単調ながら素直な同意に、オーサンは上機嫌に、豪快に笑い声をあげた。

 ここが、終焉を待つばかりの、終わった世界であることなど。



 この二人には、これっぽっちも、関係ないとばかりに―――



 ………さて、気持ちよくバイクを走らせているところで、野暮やぼな話ではあるが。


「は~、イイ風だぜ……ん? ……ん、んん!?」


 オーサンが駆けさせるバイクの右方向、砂をボコッとせり上げて、現れたのは。


 巨大なトカゲ――もはやアリゲーターの如き巨体が、野太い四足の歩行でバイクを追いかけてくる。


「あ、アイツはっ……ロースト、おまえさんと会ったトコで、俺は言ったなっ……砂漠にゃデッケェトカゲがいるってよ!」


「ン。言った」


「アイツだ……アイツが、その大トカゲだ! くっ、何てこった、まさかこんな風に遭遇しちまうなんてっ!」


 獲物を狙う捕食者の眼光、人一人くらいなら簡単に丸呑みできてしまいそうな、凶暴な大トカゲに――オーサンが震える声で叫ぶのは――!



「―――今夜はゴチソウだぜぇぇぇ! しかもあんな大物、食い切れねぇや! 燻製にすりゃ長持ちするし物々交換もできる、暫くは困んねぇぞ、ラッキーだな!」


「? ラッキー」


「おお、ラッキーだぜ! おし、そんじゃ、パパッと狩っちまうか――っと」



 バイクは駆けさせたまま、けれどゆっくりとスピードを落としつつ、オーサンはバイクに縛り付けて固定した荷物入れから、液体の入った瓶を取り出す。


 左手で車体のバランスを取りつつ、右手だけで瓶に紙を詰め、口笛交じりに火をつけ――そして。


Phewピュウ~♪ おし、できた、っと―――ポイッとな」


『!? ……ギィィィィッ……!』


 猛スピードで迫っていた、異様な巨躯の大トカゲに着弾し、瓶が割れると同時に――火に巻かれ、のたうち回る。


「ま、アイツは熱に強ぇみたいだから、これだけじゃ終わんねぇ。んで、そこで取り出したるは、コイツってワケよ」


 その時には、既にオーサンはバイクを止め、車体の側面に備えていたボウガンを構えており。


 ただの一射のみで、正確に、大トカゲの眉間を射抜き――その巨体は、二度と動くことはなくなった。


「……あんまり苦しまねぇよう、一発で仕留めてやんのがコツだぜ。どうだいロースト、ナカナカのモンだろ?」


「ン。なかなかのもん」


「だろ? ガッハッハ! さて、と……んじゃ、コイツはありがたく頂くとしようぜ。……にしても、こんなデケェトカゲ、昔はいなかったっていうんだけどな。どっかの集落の自称・学者だかのジイさんが、世界が終わってから生まれ始めたんだとか言ってたけど……あ~、なんつったかな……そう、確か――」


 オーサンがお喋りな口を止め、う~ん、と思い出そうと唸り――出た言葉は。



「――――〝魔物〟」


「? ……魔物」



 言ったオーサン自身も、反復したローストも、分かっているのか、いないのか。


 ただ、その存在をどうするのか、オーサンは肝心なことだと口にした。



「ま、ナニモノだか何だか関係なく、ウメェから食うんだけどな。ローストも、食ってみたいだろ?」


「ン。食ってみたい」


「なっ! ガッハッハ、よーし、今夜はゴチソウだぜぇ~!」



 細かいことは気にしない、そんな二人の今夜の食事が、決定した。

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