第6話 大トカゲ肉の〝ロースト〟――夜を越える二人
日中の熱気とは真反対、宵闇の
オーサンが上に着ていた厚手のコートは、風邪など引いては具合が悪かろう、と薄着のローストに羽織らせている。少女は無表情だがフカフカのファーがお気に召したのか、モフモフと両手で触れていた。
その折にも、一枚脱いで身軽になったオーサンは、野太い腕で作業をしていた――良く研いだ
もはや哺乳類を思わせる強固な骨がクセモノだが、それすら手馴れた様子で剥ぎ取って。そうして大小さまざまなサイズの乳白色の肉が、揃えられた。
慢性的に水不足を強制される今の世ではあるが、こればかりは仕方ない、と可食部を貴重な水で洗って――
そうして一仕事を終え、「フ~ッ」と大息を吐いたオーサンがそのまま語る。
「おしっ、こんなモンかな。見ろよロースト、こんな世の中じゃ、コイツぁ捨てるトコのねぇお宝だ。皮は集落でなめせば衣類や袋にも使えるし、コイツの硬い骨は加工すりゃ色々再利用も出来る。まあ水不足なんて当たり前だから、皮や骨まで洗うための水なんて
「ン。くさい」
「だよな、ガハハ。さーて、そいじゃそろそろ、お待ちかね……今日の晩メシ、頂くとすっか! ここにこうして、枯れ枝と枯れ葉で
言いながらオーサンが背を向け、停めてあるバイクの荷を開き探す、と。
「ウ~ム、どこにやったかな、確かこの辺に……ああもう、火ィ
「ン……火」
「おお、火がなぁ。……へっ?」
ローストの小声に、オーサンが振り返ると――そこには、組んだ窯木に、火が
「こいつぁ……ロースト、おまえさんが点けた、ってのかい……この、火」
「? ……ン、点けた」
「ロースト……おまえさん……」
何も持っている様子もない少女が、一体どうやって、と――この異様な状況に、オーサンが口走ったのは。
「―――なんか良く分からんが、やるじゃねぇかロースト! でかしたぜ、ガッハッハ!」
「ン。でかした」
「おおよ、大したモンだ! よっしゃ、そんじゃ心置きなく、メシ作っか!」
細かいことは気にしない、もうそれが、オーサンのスタンスのようで。
むしろ手間が
まずは穴あきフライパンを火の燈る窯木にセットし、熱を伝わらせながら、オーサンは切り分けた乳白色の肉と脂身を手に取り、ニタリと(ふざけて)笑う。
「ヘッヘッヘ……なァに、怖がんじゃねぇよ……見てなよ、すぐだ、すぐに終わっからよ……こうして、じっくりと肉を焼いてよゥ……火が通ってきたら、このフライパンの真ん中に……脂身を投入! ブワーーーッと燃え上がる火で一気に焼き上げるッ! どうだいロースト、フライパンのど真ん中に空いた穴が、逆に火を通しやすくしてくれてんだ、冴えてるだろッ?」
「ン。冴えてる」
「なっ! まあこのフライパン、どっかで見つけた時、最初から穴ァ空いてたんだけども。ガハハ。っと、この大トカゲの脂身、体のデカさにしちゃ少ねぇし、貴重だから大事に使わないとな。でもま、今日はサービスだ……さっきの施設で塩なんかもたっぷり取れたし、パパッと吹っかけて……ホレ、ロースト。これがおまえさんの名付け元にもなった――〝直火焼き〟した大トカゲ肉の〝ロースト〟だぜ!」
表面を削って作っただけの簡素な木皿に、ドンッ、と大トカゲの肉厚ステーキが置かれる。
また、研究施設で回収した細長の鉄串を、フォークがわりにとローストに持たせ。
しばし「?」と首を傾げていたローストだが――やがて右手に持った鉄串を、こんがりと火が通ったトカゲ肉に突き刺し、口へと運ぶ。
小さな口いっぱいに頬張り、物言わず
「……ま、基本的に砂ン中に潜んでる奴らだからな……内臓を取り除いても、ちょっと砂が残っちまって、ジャリジャリするかもだけど」
「もぐもぐ。ン、ジャリジャリする」
「だよなぁ……でもよ、まぁ味は悪くねぇっていうか、案外ウマイもんだろ?」
「もぐ。ン……うまい」
「だろ! そうだろ、ガッハッハ! ハ~、お口にあったようで何よりだぜ。……ん、そうだ、待てよ……よっ、と」
〝うまい〟という言葉に安心したオーサン、だが――ふと、思う。
出会ってからずっと、ローストはオーサンの言葉を拾い、反復して返しているだけなのではないか。何しろ少女は今も無表情で、感情が読み取れないし。
そんな疑問に、オーサンは確認の意味を籠め、ついでにちょっぴりのイタズラ心で、飲み物を勧めてみることに決めた。
「あー、ロースト、食ってばっかじゃ喉が渇くだろ?」
「ン。渇く」
「おお、そんじゃ、コイツを飲みなっ。こんな世界じゃ水不足が基本だからよ……さっき、生えてたサボテンを切り取ってな、こう~果肉の部分をグチュグチュっと潰して水気を出して、水がわりにするんだよ。トゲも取ってるし、安心しな」
「? サボテン……」
言われた通り、オーサンから受け取ったひび割れコップに入った、ごく少量の水分を――何の躊躇もなく、一気に飲み干すロースト。
飲み終えても、相変わらずの無表情で沈黙するローストに、オーサンは恐る恐る尋ねた。
「……ど、どうだい、ロースト……うまいか?」
「ン。……うまくない」
「おぉ……」
〝うまいか?〟に対し〝うまくない〟と返した――つまり、そのまま言葉を反復して返しているだけではない、ということだ。
更に言えば、この無表情すぎて無感情にさえ見える少女は――本当に無感情な訳ではない。確かに彼女には、しっかりと感覚があり、感情がある。
そのことに何となく感動していたオーサンが、おっと、と慌てて新しく焼き上げた肉をローストの木皿に置く。
「ガハハ、ワリィワリィ、うまくはなかったよな! サボテンから出る水は、まあ~苦いからなぁ、どうしてもって時の水分補給のためでもなきゃ、飲めたモンじゃねぇ! でもイザって時のため、覚えといて損はねぇぜ? っと、ワビってワケでもねぇけど、肉は食い切れねぇほどあっからな。ほれ、どんどん食うんだぜ!」
「ン。食う」
「おおよ! こんな世界でも……いやこんな世界だからこそ、子供はたくさん食って、大きくなるんだぜ! どうだいロースト、うまいか!?」
「もぐもぐ。……ン、うまい」
「そうかい、そいつぁ何よりだ! ガッハッハ!」
上機嫌に笑い声をあげたオーサンに、黙々と食べ続けるロースト――実り無き荒野の夜に、燈る焚き火のように煌々とした明るさがあった。
◆ ◆ ◆
「……おし、残った肉は出来るだけ塩まぶして、じっくり蒸し焼きにして持ってって……あとは干物にすっか。それでも二人じゃ食い切れねぇし、腐らせちまうよりは、集落で早めに交換だな。んで――お、っと?」
ほとんど独り言のように話していたオーサンの、脇腹に――ことん、とささやかな震動。オーサンが体勢は変えず首だけ回して確認すると、そこには目を閉じ、穏やかな寝息を立てるローストが。
「……すう、すう……」
「お……なんだい、眠っちまったのかい。へへ、腹いっぱいになったら眠くなっちまうたぁ、やっぱ子供なんだなぁ」
「すう、すう……ン……はら、いっぱい……」
「おお、イイぜ、ぐっすり休んでな。……へへ、なんか、こういうのぁ、なぁ?」
ローストに羽織らせていたコートがずれていたのを、オーサンがグイと引っ張り、肩を冷やさぬようにと整える。
オーサンは、ずっと、一人で旅をしていた――いや、相棒はバイクなので、一人と一台で。ただ、独り言を口走っても、返事がある訳でもなし。
けれど今は、自発的な口数はあまりにも少なく、どうにも完全な無表情だが――初めてとも言える、旅の道連れが出来て。
なんだかな、と口元を緩ませながら、オーサンはフライトキャップを深くかぶり直した。
「……さーて、トカゲ肉のほうもひと段落したし、俺も休むかね。明日には、最寄りの集落に着くし、英気を養わねぇとな。……んじゃ、おやすみさん、ロースト」
「すう、すう……ンン……おやすみ、さん……すう……」
終わった世界の、荒野のど真ん中、岩場の陰で。
二人分の影が寄り添い、冷え込む深い夜を越えていく――
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