第4話 海を目指す

 念のため、とオーサンは施設内の電源設備を、分からないなりに手探りで調べてみる、と判明したことは。


「えーと、どうもこの配線コード? みたいなのがぜ~んぶ、焼き切れちまってるな……ってコトは、寿命だったんだな、ウン。な、俺が何かしたわけじゃなかったろ?」


「ン。なかった」


「だよな、ホッ……ん? とすると、ローストがあのカプセルに入ったまま、電源の寿命が来てたら、どーなってたんだ? …………」


 何となく空恐ろしくなるオーサン――だが、次の瞬間には。


「ま、そーはならなかったんだから、考えても仕方ねぇか。よかったよかった!」


「ン。よかった」


「だよな。ガハハ」


 あっさりと結論付けて笑う切り替えの早いオーサンに、躊躇もなく言葉を追うロースト。

 何となく好相性にも見える、が、オーサンは自身のバイクに辿り着くや、これから先のことを口にした。


「さて、と。俺は相棒と……このバイクと気ままに旅してっから、もうここから去るつもりだけどよ。かといって、こんな砂漠のど真ん中に女の子一人ほうり出していくほど、ニンゲン捨ててるつもりもねぇ。近くの集落には信用できる知り合いもいるから、そこまで送って引き取ってもらおうと思ってんだけど、どうだ? 今の世の中、どこだって人不足だから、歓迎されると思うぜ?」


「………………」


「ん? ……ロースト?」


 オーサンに尋ねられても、少女は答えず銀灰色シルバーグレーの瞳で、何もない砂漠を見つめていた――いや、その先だろうか、ここからでは目視など不可能なものを、言葉にした。



「海―――」


「……んあ?」


「海へ、いく」



 それは出会ってから、少女が初めて、自発的に述べた言葉かもしれない。

 が、オーサンの表情はかんばしくなく、どころか否定的ですらある反応を見せる。


「う~ん、海、海ねぇ……あんなトコ行ったって、仕方ねぇと思うんだけどな……嬢ちゃんはずっと眠ってたみたいだから、知らねぇかもしんねぇけどよ……こんな終わった世界じゃ、もう、なあ?」


「………海へ、いく」


「あ~……いや、嬢ちゃんの足で行く、つっても、どんだけかかるか……そもそもこんな砂漠で、一人でって、なあ……あ~、う~ん……」


 少女が一人で砂漠を横断、ここからは程遠い海を目指す――数日どころか一日すらもたないだろう、とオーサンは考え、そして。


「……わかった、わかったよ! 嬢ちゃんみたいな子、見捨ててくなんざ寝覚めがワリィってレベルじゃねえし、しょうがねぇ、乗り掛かった舟だ! まあこんな世界じゃ舟もねぇから、乗り掛かったバイクってトコだけどな、ガハハ」


「? ……バイク」


「おうっ。ほれ、さっきからずっと目の前にあんだろ? コイツよコイツ、俺はコイツに乗って、旅してんのよ」


 ポンポン、と金属質のボディを持つ、大型バイクを叩くオーサン。

 所々に錆が見え、いかにも年季が窺えるものの、豪快かつ適当なオーサンにしては丁寧にメンテナンスを繰り返したおかげで、今も絶好調で現役……とは、相棒オーサンの談。


 オーサンは、使い込んだフライトキャップを被り、砂塵と風圧を避けるためのゴーグルで同時に固定して――こてん、と首を傾げるローストに声をかけた。


「なに、嬢ちゃん一人くらい、相棒にとっちゃ軽いモンだ! ほれ、ロースト、遠慮せず後ろに乗りな!」


「ン。乗る」


「おーし! っと、そのまんまじゃキレーな顔が砂まみれになっちまうかもな……てか薄着だし、それじゃ日光がキツイか。大丈夫か――」


「ン――だいじょうぶ」


「んん、そっか? んじゃ、もしキツくなったら、無理せず言うんだぜ。……おし、そんじゃ、そろそろ……」


 蹴りキックでクランキングしてエンジンをかけるオーサンと、背もたれのように積んだ荷物と彼の間に、横乗りで座るロースト。


 浅黒い肌の精悍な男と、彼と比べれば半分以下ではないかと思うほど細い手で、その背に掴まる純白の少女。


 過酷な環境に対するための厚着と、患者用ガウン一枚をワンピースのように着た薄着。


 何もかも、何もかもが対照的な、二人が。


 終わった世界の、実り無ければ果てもない、しみったれた荒野を、今――




「さあ、行くぜ―――しっかり掴まってろよ、ロースト!」


「ン。掴まってる」


「ガッハッハ、イイコだ! そら、走れ相棒、今日もよろしくな――!」




 ―――オッサンと、ローストが、バイクで駆けだした―――


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