第3話 名を呼び合い、手を握る。

 銀と白の間ほど、銀白色シルバーホワイトの長い髪は、そこにあるだけで輝くほどの鮮明さ。


 どれほどカプセルの中で眠っていたのか知る由もないが、陽に当たっていないからという理由以上に、透き通るような真白ましろの肌。


 目覚めたばかりの寝ぼけまなこという訳ではなく、銀灰色シルバーグレーの大きな瞳は、ただただ無感情に前方だけを見つめていた。


 と、上半身を起こした体勢で、それっきり何の反応もない少女に――

 オーサンは、どこか居たたまれない様子で頭を掻きつつ、室内を物色した。


「あー……嬢ちゃん、ちょっと待ってなよ。うーん、なんか無ぇかな、羽織るだけでも……オッ、コリャいいや。よしよし……」


 オーサンが見つけたのは、医療施設などで患者が着用するような、白いガウン――それを手に取ったオーサンが、いまだに物言わず虚空を見つめ続ける少女に、ガウンを手渡した。


「ほれ嬢ちゃん、コレでも着てな。この建物ン中は空調が利いてて涼しいから、はだかんぼのまんまじゃ風邪ひいちまうぞ。一歩外に出りゃ暑っ苦しいだけのこんな世界で、風邪なんかひいちゃ笑われちまうぜ、ガッハッハ」


「……。………?」


「あ、あー、言葉、分かるか? 服、羽織る、着る……あ~」


「ン。着る」


「おぉ……」


 初めて言葉を発した少女に、何となく感動してしまうオーサン。どうやら意思疎通は出来るらしい、が――無造作に立ち上がる少女の羞恥心の欠如けつじょに、オーサンは慌てて後ろを向いた。


「おっ、とと……そんなカッコで、急に立ち上がんなよな。んじゃアッチ向いてっから、着終わったら、言うんだぞ?」


「ン。言う」


「おうおう……よしよし、なんだ、素直でイイコじゃねぇか――」


「ン……着た」


「早ぇな! まあイイんだけどよ、ん~……」


 振り返ったオーサンが確認すると、確かに少女はガウンを身に着けていた。小柄な少女には少しばかりたけが長いかもしれない、が、一枚で膝まで隠れるのだから、むしろちょうど良いくらいだろう。


 何やら文明崩壊前の時代の患者のようになった、が――うん、と一つ頷いたオーサンが、ニカッ、と歯を見せて笑った。


「おしっ、案外、悪くねぇじゃねぇか。なんか全体的に白っぽくなっちまったけど、まあ嬢ちゃんは白ってカンジだし、似合ってるぜ?」


「ン。似合ってる」


「自分で言うなよな、ガハハ」


 やや適当なオーサンの褒め方に、素直というか、ほぼそのまま言葉を返す少女。

 さて、オーサンが豪快に笑った直後、続けて少女に問うた。


「んで……嬢ちゃんは、何者なんだい? あー、そうだな、自分の名前とかは言えるか?」


「なまえ。……ナマエ、Name、Type……」


 小さく俯き、聞き取れるかどうかといほどの小声で、ブツブツと呟いた少女が。

 ゆっくりと顔を上げ、口にしたのは。



「Lost―――Lost、わたし」


「……ロスト失う……?」



 少女の名乗りに、むう、とオーサンはしかめっ面をして――腕組みしながら、首を横に振った。


ロスト失くすロスト失くした……な~んか辛気臭いっつーか、景気が悪いカンジだなぁ……うん、よし、ヤメだ! ロストじゃねぇ、嬢ちゃんの名前は、〝ロースト〟だ!」


「?」


 こてん、と首を傾げる少女に、オーサンは大げさに身振り手振りして説明する。


「ロースト、聞いたコトねぇか? ずっと昔にはな、ウシとかトリとかたくさんいてよ、そんで肉は焼いて食うモンで、名前のアタマにローストって付いたんだとよ。まあ今じゃ畜産なんてとっくにオワっちまってるけどよ……世界が終わってからはな、こ~~~んなデッケェトカゲが砂漠に出るコトあってだな。そいつを焼いて食うと……これがまた、すげぇウマイんだよな~! 俺、それが好きでよう!」


「………すき………」


「って、女の子に付ける名前でもねぇか。ガハハ、悪い悪い、もっと別の名前を……つっても俺、そういうの詳しくねぇんだがなぁ――」


「………スト」


「ん、うん? 何だって?」


 あまりにも小さく聞き取れない声に、オーサンが耳をそばだてて尋ねると。

 少女は、はっきりと、言った。




「ロースト―――ロースト、わたし」


「!」




 どうやら、お気に召したのだろうか、少女――ローストの無表情からは、いまいち感情が読み取れない、が。


 ニカッ、と笑ったオーサンが、人差し指の背で鼻の下を擦りながら、自己紹介をする。


「俺は、オーサン・オルグレンだ――オーサン、でいいぜ、ロースト!」


「………オ」


 オーサンの名乗りを受けて、ローストは反芻するように、ゆっくりとその名を――



「オッサン」


「ぶーーーっ!? いや何でだよ、オーサンだオーサン! 誰がオッサン――」


「? ……オッサン」


「うが。……あ、ああー、ったく、もぉよぉ……まあ、イイけどよ、ヘヘッ」



 ローストの、銀灰色でまるの、無垢な瞳に見つめられ――オーサンは観念したように、右手を差し出して。



「はじめまして、よろしくな―――ロースト!」


「ン。よろしく、オッサン」



 オーサンの無骨な手と、ローストの真っ白で小さな手が、握手を交わした。


 ――と、同時に。


「――――んおっ?」


 バツンッ、と何かが切れるような音がして、室内の空調、先ほどまで機器からなっていた駆動音が、ゆるやかに沈黙していく。


 元から薄ぼんやりとしていた室内灯も、すっかり機能を失って――


「マジかよ。………俺、何もしてないよな?」


 暗闇の中、不安そうに独白したオーサン、だが。


「? ……してない」


「だよな?」


 ローストも良く分かっていなさそうだが、その答えにオーサンは勝手に安心するのだった。

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