第3話 名を呼び合い、手を握る。
銀と白の間ほど、
どれほどカプセルの中で眠っていたのか知る由もないが、陽に当たっていないからという理由以上に、透き通るような
目覚めたばかりの寝ぼけ
と、上半身を起こした体勢で、それっきり何の反応もない少女に――
オーサンは、どこか居たたまれない様子で頭を掻きつつ、室内を物色した。
「あー……嬢ちゃん、ちょっと待ってなよ。うーん、なんか無ぇかな、羽織るだけでも……オッ、コリャいいや。よしよし……」
オーサンが見つけたのは、医療施設などで患者が着用するような、白いガウン――それを手に取ったオーサンが、いまだに物言わず虚空を見つめ続ける少女に、ガウンを手渡した。
「ほれ嬢ちゃん、コレでも着てな。この建物ン中は空調が利いてて涼しいから、
「……。………?」
「あ、あー、言葉、分かるか? 服、羽織る、着る……あ~」
「ン。着る」
「おぉ……」
初めて言葉を発した少女に、何となく感動してしまうオーサン。どうやら意思疎通は出来るらしい、が――無造作に立ち上がる少女の羞恥心の
「おっ、とと……そんなカッコで、急に立ち上がんなよな。んじゃアッチ向いてっから、着終わったら、言うんだぞ?」
「ン。言う」
「おうおう……よしよし、なんだ、素直でイイコじゃねぇか――」
「ン……着た」
「早ぇな! まあイイんだけどよ、ん~……」
振り返ったオーサンが確認すると、確かに少女はガウンを身に着けていた。小柄な少女には少しばかり
何やら文明崩壊前の時代の患者のようになった、が――うん、と一つ頷いたオーサンが、ニカッ、と歯を見せて笑った。
「おしっ、案外、悪くねぇじゃねぇか。なんか全体的に白っぽくなっちまったけど、まあ嬢ちゃんは白ってカンジだし、似合ってるぜ?」
「ン。似合ってる」
「自分で言うなよな、ガハハ」
やや適当なオーサンの褒め方に、素直というか、ほぼそのまま言葉を返す少女。
さて、オーサンが豪快に笑った直後、続けて少女に問うた。
「んで……嬢ちゃんは、何者なんだい? あー、そうだな、自分の名前とかは言えるか?」
「なまえ。……ナマエ、Name、Type……」
小さく俯き、聞き取れるかどうかといほどの小声で、ブツブツと呟いた少女が。
ゆっくりと顔を上げ、口にしたのは。
「Lost―――Lost、わたし」
「……
少女の名乗りに、むう、とオーサンはしかめっ面をして――腕組みしながら、首を横に振った。
「
「?」
こてん、と首を傾げる少女に、オーサンは大げさに身振り手振りして説明する。
「ロースト、聞いたコトねぇか? ずっと昔にはな、ウシとかトリとかたくさんいてよ、そんで肉は焼いて食うモンで、名前のアタマにローストって付いたんだとよ。まあ今じゃ畜産なんてとっくにオワっちまってるけどよ……世界が終わってからはな、こ~~~んなデッケェトカゲが砂漠に出るコトあってだな。そいつを焼いて食うと……これがまた、すげぇウマイんだよな~! 俺、それが好きでよう!」
「………すき………」
「って、女の子に付ける名前でもねぇか。ガハハ、悪い悪い、もっと別の名前を……つっても俺、そういうの詳しくねぇんだがなぁ――」
「………スト」
「ん、うん? 何だって?」
あまりにも小さく聞き取れない声に、オーサンが耳をそばだてて尋ねると。
少女は、はっきりと、言った。
「ロースト―――ロースト、わたし」
「!」
どうやら、お気に召したのだろうか、少女――ローストの無表情からは、いまいち感情が読み取れない、が。
ニカッ、と笑ったオーサンが、人差し指の背で鼻の下を擦りながら、自己紹介をする。
「俺は、オーサン・オルグレンだ――オーサン、でいいぜ、ロースト!」
「………オ」
オーサンの名乗りを受けて、ローストは反芻するように、ゆっくりとその名を――
「オッサン」
「ぶーーーっ!? いや何でだよ、オーサンだオーサン! 誰がオッサン――」
「? ……オッサン」
「うが。……あ、ああー、ったく、もぉよぉ……まあ、イイけどよ、ヘヘッ」
ローストの、銀灰色で
「はじめまして、よろしくな―――ロースト!」
「ン。よろしく、オッサン」
オーサンの無骨な手と、ローストの真っ白で小さな手が、握手を交わした。
――と、同時に。
「――――んおっ?」
バツンッ、と何かが切れるような音がして、室内の空調、先ほどまで機器からなっていた駆動音が、ゆるやかに沈黙していく。
元から薄ぼんやりとしていた室内灯も、すっかり機能を失って――
「マジかよ。………俺、何もしてないよな?」
暗闇の中、不安そうに独白したオーサン、だが。
「? ……してない」
「だよな?」
ローストも良く分かっていなさそうだが、その答えにオーサンは勝手に安心するのだった。
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