第10話 集落の少女、チマ

 突然に声をかけたのは、ローストより明らかに幼い、せた少女――暫くの間、もじもじとしていたが、ようやく口にしたお願いは。


「……い、いっしょに、あそんで……」


 随分と内気そうだが、勇気を出したのだろう少女に、アラニが驚きつつ言う。


「チマ? 珍しいね、人見知りなあの子が、自分から……ってコラコラ、急にそんな、お客さんが困っちゃうだろ――」


「いやぁ、構わねぇさ。チマちゃんってのかい、その子はまだまだ知らないコトばっかだから、遊び方でも教えてやってくんねぇか? ローストも、どうだい?」


「…………」


 問われ、ジッ、とオーサンを見つめたローストが――やがて、見せた反応は。


「……ン」


 こくり、無表情のまま一つ頷くと、チマと呼ばれた少女は嬉しそうに表情を綻ばせ、ローストの手を引いて遊び始めた。


 ……とはいえ道具もなく、出来ることと言えば手遊び、砂遊びくらいではあるが。それでも、幼子の遊び相手すら人手不足の世界で、チマは楽しそうにしている。

(恐らく)年上のローストがむしろ遊びを教えてもらっている形だ、が、その当人も時々首を傾げつつ、興味深そうだ……とオーサンには見えた。


 さて、そうして遊び始める子供たちを眺めながら――アラニがおもむろに、オーサンへと真剣な話を投げかける。


「で、さっき文明の跡地の話が出たから、ついでってわけじゃないけどサ……街の方は、どうだった?」


「ああ。……あ~、まあ、言いたかねぇけど……良くはねぇな。目ぼしい建物なんかは大体ブッ壊れてて倒壊寸前。物資なんかも世界崩壊以後、生き残りか賊に奪い尽くされてて、大して残っちゃいねぇ……悪けりゃ賊か、ヤベェ野生動物の縄張りよ。別の集落でもらった双眼鏡……いや片方割れてっから単眼鏡みてぇなモンか、コイツで確認せず入ってたら、何度危ねぇ目に遭ってたか、数え切れねぇくらいだぜ」


「そっか、ま、仕方ないサね、こんな世界だもん。あーあ、どっかに大勢をれられる、安住の地でもありゃイイのにサ……ま、ないものねだりしても仕方ないし、今はあるモンでやりくりするしかないかね。……で、オーサンは旅を続けるんだろ? 何ならあの子、うちの集落で引き取ってもイイけど?」


「ああ、いや、それがなぁ……今は海を目指してんだよ、ローストが行きたいっつうから」


「は? 海、って……なんでまた、に? ああ……ローストちゃん、今まで眠ってたんだっけ。まあ、それなら……仕方ないサね」


 う~ん、とアラニが軽く後頭部を掻きながら、チマと砂遊びをしているローストへと呼びかけた。


「オ~イ、ローストちゃん、コッチおいで! チマー、悪いけど、遊びはその辺にしときな! そのお姉ちゃん、アタシと大切な話があるからサ!」


 言われ、ローストが首を傾げつつ立ち上がると――名残惜しそうにするチマが、軽く手を挙げて。


「お、おねえちゃん……また、ね?」


「ン。……また」


「……! う、うんっ、えへへっ……」


 ローストが真似するように手を挙げると、チマは嬉しそうに手を振りながら、駆け足で去っていく。

 と、ローストも呼ばれるまま、アラニの方へ近づき。


「あー、ローストちゃん、オーサンから聞いたんだけど……海へ行く、ってことは、旅は続けるんだよね?」


「ン。……海、行く」


「そっか、そうサね……よし、そんじゃアンタに必要なモン、特別に色々と見繕みつくろってあげるよ! なーに、女の子にゃ色々と準備が必要なもんサ。そこのデリカシーの無いオッサンじゃ、かなり心配だし」


「おお、助かるぜアラニ! おっしゃる通り俺じゃよく分かんねぇし、ぜんぜん詳しくねぇからなぁ……」


「うん、仮にそこ異常なくらい詳しかったりしたら、逆に危険人物指数が上がってたとこだけどサ……」


「オウオウ、穏やかじゃないねェ!」


 オーサンはおののくが、ローストは「?」と首を傾げていた。


 ――が、その時、よほど穏やかではない声が、その場に割り込んでくる。


「り、リーダー、大変だ! でっけぇ砂嵐が、集落に近づいて……!」


「! 規模は、どんくらい!? 前と比べて!」


「わ、わかんねぇ……けど、今まで見たことねぇくらい、でっかくて……」


「ッ……ったく、相変わらずヒドイ環境だよ、クッソ……若い衆、皆で呼びかけて、でっかいテントか物陰に身を隠させるんだよ! どうにか、やり過ごして――」


 アラニが指示する中、報告してきた若い男を押しのけて、焦燥した様子の女性が声を張り上げた。


「あ、あの、アラニさま! 娘を……チマを見ませんでしたか!?」


「んなっ……そっちに帰ってないのかい!? こんな時に限って……まさか……いや、ああ、大丈夫サ。アタシが探してくるから、アンタは避難してな!」


「は、はい……お願いします、お願いします……!」


 拝むように手を組む女性に返事しつつ、アラニは集落の人間へと指示を続けながら、移動しようとする。


 のっぴきならない様子に、オーサンが無精ひげの生えた顎先に指を添えて呟いた。


「ウーム。ヤベェな……さっきのチマって子、砂嵐のほうへ行ってなきゃイイんだが……仕方ねぇ、俺もちょっくら探しに――」


「―――お、オイ、お嬢ちゃん、どこ行くんだ!? そっちは砂嵐の方だ、危ねぇぞ!?」


「あん? ……お、おいおい、ロースト!?」


 男の声にオーサンが振り向くと、制止も聞こえていないかのように、純白の少女が。


 ローストが――ただ一点だけを見つめて、風のように歩いて行った。


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