第11話 砂嵐の結末

「ロースト、一体どこまで行って……オオイ、ローストぉーっ!」


 大声で呼びながら走るオーサン、だが、純白の少女の目立つ姿は見つからない。


 子供の足で、歩いているようにしか見えなくて、なのに風のような速さ――それを疑問に思う暇もなく、オーサンは集落の男達の焦る声を聴いた。


「お、オイお嬢ちゃん、危ないぞ、戻ってこいって!」

「あ、ああ、クソっ……チマが……アレじゃ、もう……」


「! ロースト、そこにいんのかっ……って、あの子もかよ、なんてこった……!」


 どうか、、というオーサンの、そしてこの場にはいないアラニやチマの母親の願いは、袖にされたようで――もはや集落に差し掛かっている砂嵐は、チマの小さな体を打ち付け始めていた。


 更に、前のめりにうずくまっているチマに、無表情な純白の少女が――ローストが、大手を振って歩み寄ろうとしている。


 白い患者用ガウン一枚で、細い腕で儚い体を守ろうとすらせず、無防備に。



 ――砂嵐、あるいは砂塵嵐さじんあらしとも呼ばれるは、強烈な風圧だけでなく、巻き込まれている砂礫されきちりも脅威となる。

 一たび呑まれれば砂礫に打ち刻まれ裂傷、少女達の身ならば簡単に吹き飛ばされてしまってもおかしくない、それほどの異常な規模。



 しものオーサンも焦燥を深め、コートを脱ぎながら対策を練る。


(あのチマって子を抱えて逃げようにも、間に合わねぇな……このコートで頭から包んで、飛ばされねぇように覆いかぶさって、砂嵐が過ぎるまでやり過ごすか。んで、俺がどうなるかは……ま、とや。っと、その前に……)


 駆け寄りながらもオーサンは、前を行くローストを呼び戻そうと大声を発した。


「おおい、ロースト! ここは俺が何とかすっから、おまえさんは下がってな! なぁに、チマちゃんのコトは任せとけ、俺が助けてやっからよ!」


「………………」


「え……お、おいロースト、聞こえてねぇのか!? オイッ―――」


 が、オーサンの呼びかけにも振り返らず、ローストは無造作なまでの足取りで、チマへと歩み寄る。


 オーサンが必死に駆けるも、手を伸ばすも、届かない――ただ、歩いているだけにしか見えない少女の小さな歩幅が、大人の足よりも速い。


 そして、ついにチマの傍らにローストが到達する、と同時に――二人の少女の姿が、猛然と荒れ狂う砂嵐に呑み込まれ。



「ろ、ローストっ……ばっきゃろう、ローストぉ―――ッ!」



 もはや手遅れであろう、などという当然の予測など、頭には一切なく――自身の厚手のコートを振り上げ、オーサンも砂嵐に飛び込もうとし。


 ………だが、その勇敢は、彼の拍子の抜けた声と共に無為むいと帰す。


「う、ずああっ―――――へっ?」


 つい先ほどまで吹きすさび、確かに迫ってきていたのだ。

 砂礫を巻き上げ、集落を守るべく設置されたフェンスをズタズタにしながら、抗えぬ猛威を振るって。


 その、砂嵐が、今――ローストとチマを呑み込んだ、その瞬間。

 ぶわっ、と一度だけ強烈な風圧をオーサンに打ち付けた、直後。



 ―――綺麗さっぱり、―――



 もはや音すらなく、しん、と風がいで、そこに残った確かな事実は。


「! ローストに……チマちゃんも。無事、なのか?」


「ン。無事」


 本当に、何でもないように答えたローストは、その両腕に気を失ったチマを抱えていた。しかし十歳にも満たないだろうチマを、ローストより小柄なのは確かとはいえ、軽々と運べるのもおかしな話ではある。


 だが、もっと明確な異変――ローストの真白ましろの肌が、日光の反射などではなく――発光しているのを、呆然としていた集落の男が見て。


「な、なんだ、今の……まるで、あの子が砂嵐を、消したみてぇに……ていうか、光って……ふ、普通じゃねぇ、あんなの……ひっ……悪魔―――」


 震える声と、怯えの視線を、感じ取ったのだろうか。


 無表情のローストが、男達の方を見て―――こてん、と首を傾げると。


「?」


「いや天使かな……」「あまりにも天使すぎる」「控えめに言っても天使……」


「? ??」


 ローストは全く分かっていなそうだが、その可憐な容貌ようぼうに救われている気もする。


 さて、一方でオーサンはといえば――これまでも不思議な部分は多かったローストが見せた、決定的とさえ言える出来事を前にして。


「ろ、ロースト、おまえさん―――スゲェじゃねぇか! まさかあんな砂嵐まで消しちまうたぁ、こりゃ大手柄だぜ! どうやったか分かんねぇけどよ、ガッハッハ!」


「ン。わかんねぇ」


「ガハハ、おまえさんもそうなのか! ……でもよ、心配したんだぜ、ホントによ……あんまり、無茶しないでくれよな、ロースト」


「ン。無茶しない」


「そっか……へへっ、そんならよ、何よりだぜ、ガハハ!」


 笑い飛ばすオーサンに、チマを受け渡すロースト――と、そこへ更に飛び込んできたのは、アラニの声で。


「………フフッ、アタシもギリギリ見てたけど、大したもんサね、ロースト! いやあ、不思議な力だけど……終わり良ければすべて良し、ってやつサ、アハハ―――」


「おお、アラニ! へへっ、そうだよな、ガハハ―――」


「―――ってなるかァァァ!! 一体なにが起こったってのサ、今の! ええっどういうことなんだいコラ! 説明しろオーサンーーーっ!!」


「えええええ!? いやそんなコト言われても、俺に分かるワケねぇだろ!?」


「保護者のアンタがそんなんで、どうすんだい!? つか、今の不思議じゃすまされない出来事を、ちょっとは疑問に思えやァーーーッ!!」


「ギャーーーーッ!! た、助けてくれローストーーーッ!?」


「? ??」


 チマを抱えたままのオーサンの襟首えりくびを掴み、ガクガクと揺らすアラニ。

 そんな二人の姿をローストは、こてん、と首を傾げて眺めるだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る