第12話 集落からの旅立ち

「へぇ~、ローストちゃんは出会った頃から、バイクで走ってても砂とか風とか弾いたり、いつの間にか火とか付けたりしてて、不思議なことが何度もあったってんだネェ……ふゥ~~~ん……」


「お、オオ、そうなんだけども……あ、アラニ? アラニの姐さん?」


 大雑把ながら説明を終えたオーサンが恐る恐る様子をうかがうと、アラニは腕を組んで考え込み――「はあ」とため息を吐いて、頭をきながら言った。


「正直、オーサンはもっと色々と疑問に思いなさいよ、とは思うけど……話を聞いても、アタシにも分かんないし、何とも言えないサ。もうちょい学がありゃ、とは思うんだけどねぇ……ああそうだ、おとぎ話に聞く〝魔法〟みたいだな、とは思うけど」


「ああ……昔のよう分からん科学者だかが、神になるための研究だっけか? でもよう、結局は大失敗で、おかげさまで世界はこんなコトになっちまった、って話だろ? そもそもホントのコトかも知らねぇけども」


「そうサね、実際は戦争が原因だとか、大災害のせいだとか……ホントに神様が怒っちまって、天罰が下ったんだとか、色々と伝わってるけど……アタシら今を生きる人間には、迷惑だってことしか分かんないサ」


「ったく、カミサマだか何だか知らねぇけども、どんだけ怒らせりゃ、世界なんて滅ぼされんのかね、ガハハ」


「笑いごとかい、アハハ」


 指摘しつつ自身も笑ったアラニが、そのままローストを見つめて話を続ける。


「でもまあ、あんなスゴイ力があるんなら、是非ともこの集落に留まってほしいもんだけどサ……ローストちゃんは、どうしても海に行くのかい?」


「ン。……海、行く」


「そっか……ま、コッチの都合を強制なんて出来ないサ。こんな無法の世界でも唯一イイトコがあるとすれば、〝自由〟ではあるってことだしね。まあそれも、命がある限り、って話だ……オーサン、ローストちゃんのこと、ちゃんと守ってあげなよ」


「オウヨ! 任せときな、最初ハナっからそのつもりだぜ!」


「あと女の子なんだから、ちゃんと気ぃつかってあげなよ。アンタ、とことんガサツなんだからサ。デリカシー無しじゃ嫌われちまうよ」


「お、オウヨ! その辺の自信はねぇんだけど、なんだ、まあ……何とかならぁよ、ガハハ!」


「そういうとこだよ、ガサツなの、ホントそういうとこ」


 呆れ気味に詰めてくるアラニに、オーサンはバツが悪そうに笑って誤魔化し、バイクにまたがった。


 それを確認したローストも、ここで貰ったパンプスを履いた足で地を蹴り、軽やかにオーサンの後ろに飛び乗る。


 ここは既に集落の出入り口、オーサンとロースト、アンバランスなコンビの二人乗りが完成すると――アラニは少しだけ、名残惜しそうな声を発した。


「行くんだね。……一応、出来る限りの補給はしたつもりだけどサ、外は良い意味での〝自由〟ばっかじゃないからね。渡した、使う機会が無い方がイイけど」


「ん~、そうだなァ。でもま、これまでも何とかなったんだし、何とかならぁよ。おまえさんに言われた通り、ローストのコトは特にしっかり守るつもりだし、心配しなさんな。ガハハ!」


「アハハ、アンタのことだもん、そこは心配しちゃいないサ! ……それでも、気をつけてね。オーサン、アンタも……ローストちゃんも、ね」


「ガハハ、大げさだなァ。な~に、海なんて一回見りゃ、ローストも満足すんだろ。ちょっくら行って、帰ってくるだけさ。ここからならそんなに遠くもねぇし、ちゃんと顔見せに戻ってくっからよ」


「ああ、そうサね……でもこんな世界だ、いつ何が起こって、どんな別れが来るかも、分かんないもんだよ。だから何度でも言うけど、充分に気をつけなよ」


「オウ! へへっ、さすがアラニ、リーダーらしいぜ、ガハハ!」


「ったく……真面目に言ってんのに、茶化ちゃかすんじゃないよ! まっ、そんなとこもアンタらしいけどね、アハハ!」


 真面目顔を保とうとしていたアラニも、つい笑い声をあげたところで――か細いながらも、しっかりと発せられた声が響く。


「―――おねえちゃんっ!」


「んお? ……オッ、ありゃチマちゃんじゃねぇか。大した怪我もねぇみたいだし、良かった良かった」


 オーサンが笑って頷いている間にも、チマはもじもじと身じろぎしつつ、やがてもう一声をローストに送った。



「た、助けてくれてっ……ありがと、ローストおねえちゃんっ!」


「! …………」



 無表情は変わらないが、何となく面食らった様子のローストが、こてん、と首を傾げていると――ニヤッと笑みを浮かべたオーサンが、ローストに耳打ちする。


 直後、ローストは銀灰色シルバーグレーの瞳で、チマをまっすぐ見つめて――



「ン―――いいってことよ」


「!」



 ローストの言葉に、パッ、と表情を輝かせるチマ――そうしてオーサンが、フライトキャップを深くかぶり直しつつエンジンをかけると。


 バイクで旅立つ二人の背に、集落から上がってくる声は。


「またねっ、ローストおねえちゃんっ、チマとまたあそんでねっ!」


「気ぃ付けなよ、オーサン、ローストちゃん! 早く顔を見せに帰ってきな!」


「オーサンさん、またな! 物資、よろしくな!」

「ローストちゃんも、いつでも大歓迎だぜ!」

「ローストちゃ~ん! アンタのファンになっちまったよ、天使様~!」


 チマと、アラニと――集落の人間達の声援を受けて。


「へへっ」と声を漏らしたオーサンが、バイクを駆けさせつつ、ローストに語り掛ける。


「あんなに元気な見送り、初めてだぜ……大人気だな、ロースト! アイドルにでも、なれちまうんじゃねぇかい?」


「? ン……あいどる」


「おお、世界が崩壊する前は、そういうのがあったらしいぜ! イイじゃねぇか、終わった世界のスーパーアイドル、希望があるぜ~!」


「ン。希望がある」


「だろ! ガハハ!」


 心から愉快そうに笑い声を上げ、そのままのノリで、スピードを上げるオーサン。



「さあ、旅の続きといこうか―――しっかり掴まってるんだぜ、ロースト!」


「ン―――つかまってる」


「おーし、イイコだ! ガハハ!」



 今また、この終わった世界の荒野を。



 ――オーサンとローストが、バイクで駆け始めた――

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