第14話 無法の洗礼と、旅人の返礼 《バイクチェイス》

 一晩の休息を終えて。

 荒野を疾走するバイク、向かい風を受けるオーサンとロースト――その姿も、すっかり頃に。


 けれどオーサンは、珍しくぼんやりとした様子で呟く。


「……もうすぐ、海かァ……」


 そこは、いつも無表情なローストが〝行く〟と明確な意思を見せた目的地。

 けれど、その後は、どうするのだろうと。


 海へ辿り着き、海を見たとて、そこで終わりという訳でもなし。


 この不思議な少女は――ローストは、その後、何を目的として生きるのだろう、と。


「……………………」


 


 、と。


 オーサンの口から、自然と漏れ出た言葉は。



「なあロースト、海へ行った後のコトなんだけどよ。

 もし、おまえさんが良かったら―――ムッ!?」



 言い終えるより先にオーサンの耳が、終わった世界ではあるまじき、けれど彼にとっては馴染み深い―――バイクの駆動音を聞いた。


 もちろんオーサンとローストの駆る相棒ではなく、むしろ追いかけてきているような存在の正体は。


「――――チイッ! 出やがった、だッ!」


 舌打ちするオーサンが示す通り、左右後方から追いすがってくるのは、賊――何せ二大のバイクを駆る操縦者は、それぞれ拳銃を片手に持っているのだ。


 オーサンは、遠目がく。この砂塵さじんが吹きすさぶ荒れ地の只中ただなかでも、何処に障害物があるのか鮮明に見えるほどに。


 だからこそ、ターバンで顔を覆い隠す二人の賊が只ならぬ雰囲気であると即座に察し、嘆息する。


「ああ、クッソ……いるかもしれねぇ、とは思っちゃいたけど……まさか、ホントに襲ってくるとはなぁ……ああ、ついてねぇ、ホンットついてねぇぜ……」


 文明が終わりを迎えた、無法の世界では、当然に存在に狙われ。

 片手で顔を覆ったオーサンが、天を仰ぎ――


 やれやれ、と首を横に振って、口走ったのは。



「俺たちを狙わなきゃ、せめて怪我しねぇで済んだだろうに――

 ホント、だぜ――!」



 直後、ハンドルを両手で握ったオーサンが、バイクを大いに加速させる。


「ロースト、後ろの荷物を盾にして、隠れながら……しっかり掴まってろよ!」


「ン。つかまってる」


「おーし、イイコだ、ガハハ! んじゃっ……飛ばすぜぇっ!」



 グン、と襲い来る反動に、オーサンが前のめりの姿勢で抗うと――後方の二台のバイクから、焦った声のように銃撃音が響く。


 が、相棒バイクにはかすりもせず、オーサンは軽快に笑い飛ばした。


「ガハハ、前を走ってるバイクに後ろから適当に撃ったって、マグレでも当たるモンかい。素人かねぇ、全く。本気でヤルってんなら、最悪でもよ……オッ、そうそう」


 賊も、自分達が貴重な弾を無駄撃ちしていることに気付いたのか、銃撃よりもバイクの速度を上げることに専念し始めた。


 それでも相棒には一向に追いつけないようで、やれやれ、とオーサンはため息を吐く。


「はあ、ったく、メンテナンス不足だな、アリャ。エンジンの泣き声と、タイヤの悲鳴が聞こえてくるぜ。仕方ねぇ、コッチが合わせてやっか……っと」


 言いつつ、オーサンが速度をゆるめると――調子に乗ったように、右側後方の賊が速度を上げ、オーサンたちのバイクの右横につけようとした。


 今度こそ、とばかりに賊が片手で拳銃を構えようとする――が、しかし。


 顔を覆うターバンの隙間から辛うじて見えた目が、驚愕に見開かれる。

 何せ、賊がようやく追いつき、銃を構えるべく片手を離した頃には。


 オーサンは既に、二つ並びの銃身ダブルバレルの――ソードオフ・ショットガンを右手に持ち、引き金を引こうとしていたのだから。


「いくらモノ不足だからって、バイクで拳銃は無茶ってモンよ。使うンなら、コイツでもねぇとな。ま、そういう俺も、集落でアラニから貰ったんだけどよ、ガハハ――んじゃ、アバヨ!」


『!!!』


 言いつつ、オーサンが賊の体――から少しずらし、賊のバイクの前輪に向け引き金を引く。


 散弾を叩き込まれたタイヤは、駆けるバイクの速度と重量を支え切れず、派手に転倒し――オーサンは、アラニから〝使う機会が無い方がイイけど〟と託されたショットガンを、クルクルともてあそびつつ笑った。


「まあそっちタイヤのが狙いやすいし確実だからな、ガハハ。荒れてるっつっても、下は砂の絨毯だ、よっぽど当たり所が悪くなけりゃ、大怪我くらいで済むだろ。……おーっと、そうだ、もう一人いたな。やっこさん、お怒りのようだぜ」


 派手に転がった仲間を案じてか、声にならない叫びを上げた、もう一人の賊が――自棄やけのように加速し、左後方からオーサンたちに迫ろうとする。


 バイクごとぶつけようとしているのかもしれない、が――ガチン、とショットガンに装填リロードしたオーサンが、銃口を左側に向けると。

 怒り狂っていたような二人目の賊に、怯えの色がにじみ、警戒を強める。


 ……だが、オーサンは一向に、引き金を動かさない。

 賊も戸惑っているのか、拳銃を構えることさえ出来ず、オーサンの出方を凝視して窺っていた。


 が、次の瞬間、オーサンは銃口を上に逸らし―――べっ、と舌を出して。


「前、気ィつけろよォ」


『!? ………!!?』


 気付いた時には既に遅し――賊は前方のせり出した小岩に気付かず、バイクを転倒させ、更に悪いことに生え並ぶサボテンへと突っ込んでしまう。


 あちゃー、と痛そうにしかめっつらしたオーサンが、おどけ交じりにローストに声をかけた。


「あーあ、バイクで走んなら、前方不注意はよろしくねぇなァ。まっ、俺はずっと前から気付いてたけども、ガハハ。貴重な弾も無駄遣いしたくねぇもんなァ~。さてロースト、大丈夫かい? 怖くなかったか?」


「ン。怖くなかった」


「オッ、肝が据わってんなァ! イイコトだぜ、ガハハ―――」


 大笑するオーサンの、さとい目が―――いち早く、それをとらえる。

 群生していたサボテンの奥、大きな岩場に隠れていた、もう一人の賊の存在を。


 ほぼ真後ろから駆動音が響くのを聞き、オーサンはここで初めて冷や汗をかいた。


「! こいつぁ……手練れか! チッ、コイツが本命かよ、イイ音させてやがるぜ……しかも、向こうもショットガンかい……!」


 三人目の賊――こちらもターバンで顔を覆ってはいるが、眼光は鋭く。

 オーサンとは違って単身だが、ショットガンを持つ手練れを相手に。


 バイクチェイスは、まだ終わらない―――………。

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