第15話 凶弾と、ローストと 《バイクチェイス決着》

 追跡され始めてから数分間のチェイス戦、手練れの賊に追い抜かせず、有利な位置取りをさせないオーサンは、である。


 が、振り切ることも出来ず、オーサンに攻撃の隙を与えてくれない、賊のセンスも尋常ではない。


「チッ、しつこいぜっ……技術で負けてるつもりはねぇが、執念ってヤツかね、どうにも諦めが悪いな。仲間をやられて怒ってんのかね……襲ってきたのはアッチだろうに、理不尽なこった!」


「ン。理不尽」


「だよな! ったく、この状況、な……」


 このまま、どちらかの燃料切れまで粘るつもりか。大雑把なオーサンでも、文明の跡地から相棒の食事ガソリンを拝借することには、特に留意している。休憩のたびガソリン携行缶から相棒に飲ませるのだが、最後の休憩はいつだったか――……。


 などと考えていたオーサンの遠目が、進行方向にひしゃげた形の大岩の姿を捉える。

〝よし〟とオーサンが速度を上げると、賊も追いすがってはきたようだが、左右に車体を振ってフェイントをかけ、ひしゃげた大岩の右側へとすり抜けた。


 対する賊は追跡しきれなかったのか、大岩の左側へ進み、姿が見えなくなる。


「おしっ、一旦、離れたな……あわよくば、このまま振り切ってやるぜ! 岩場でちょいと見通しワリィが、なぁに、相棒は事故ったコトねぇのが自慢でな!」


「ン。自慢」


「そうともよ! おしっ、ここで一気にスピード上げて―――う、おっ!?」


 大岩を抜けた瞬間、叩き付けてくるかのような砂塵さじん――無秩序で不揃いな岩々が、その隙間から、バイクの車体さえ押しのける風圧を及ぼしてくる。


 砂嵐の如き勢いに、オーサンがショットガンを持つ右手で顔の側面を守りつつ、ローストを気にかけた。


「ウオッ……ぺっぺ、とんでもねぇ勢いだな、コリャ! ロースト、おまえさんは大丈夫か――」


「ン。大丈夫――じゃない」


「!? ……な、オイオイ、マジかよ……」


 ローストの身は薄い光を放ち、この状況にあっても、砂一つ付いていない――ならば、ローストが口にした〝大丈夫じゃない〟の意味とは。


 自分達の左側に迫る、その存在を、オーサンは見た。

 吹きつけてくる砂塵の中、単身のショットガンを右手で構え。



 ――オーサンたちに狙いをつける、賊の姿を――



(オイオイ、大岩で別れた後、追いついてきたのはともかく……この砂嵐みてぇな砂塵はテメェだって喰らってんだろうに、それでも狙ってくんのかよ。こいつぁさすがに、普通じゃねぇな……!)


 この砂塵の中でも、オーサンの目は良く見通す。

 だからこそ、ターバンの隙間から辛うじて見える賊の目が、どうにも血走っているのを窺えた。


 怒りのためだろうか、何にせよ尋常でない興奮状態にあるのは確かだろう、ショットガンの引き金を引くのに躊躇いもないはずだ。


 左側から迫る賊に、構えてすらいないショットガンを右手で持つオーサンには、反撃の猶予もない――「仕方ねぇな」と小さく呟き、オーサンは左半身を差し出した。


「―――ロースト! 俺の体を盾にして、隠れてな! いいか、海はもう、すぐそこだ。最後まで送ってやれねぇで、悪いけど―――」


「………―――」


「……は? な、ロースト……何してんッ――」


 オーサンが焦るのも、当然――ローストは身を隠すどころか、その細く儚い身を晒すように、バイクの後部を足場にして、立ち上がったのだから。


 それとほぼ同時に、賊は引き金を引き。


 散弾が、オーサンを、バイクを――ローストを、襲った――


「ロースト、危ねぇっ―――へっ?」


 この不思議な少女に、何度、驚かされたことだろう。

 そのたびに、笑い飛ばし、流していたオーサンとて。

 目の前の光景は、意味すら計り知れないものだった。


 散弾の、一粒一粒が、止められている。

 止めているのは。


 見たこともない、幾何学的きかがくてきな紋様が描かれた、光り輝く円形たち。



《魔法陣》――――とでも、呼ぶべきだろうか――――



 大きいものは頭ほど、小さいものはこぶしほど、大小様々な円形に阻まれ、時が止まったように動かない銃弾を。


 そうしていた張本人、手のひらを賊の方へかかげていたローストが――何やら押し出すように力を籠めた、瞬間。


「! ロースト―――殺さねぇでやってくれっ!」


「! ………ンッ―――」


 オーサンの叫びは、ほとんど無意識、強いて言えば勘――それでもローストは、意図をんでくれたのだろうか。


 光り輝く円形たちの前で、食い止められていた銃弾の数々が――まるで放たれた時と同じ勢いで、撃ち出された――!


『!!! ………ッ!』


 そこまで茫然自失だったのか動かなかった、賊は――けれどその身ではなく、バイクの前輪に散弾を返され、砂塵に巻かれながら横倒れに転倒する。


 賊のショットガンも手放され、遠くへ転がっていった頃、オーサンもバイクをめ――先ほどの出来事について、ぶつぶつと呟く。


「今のは……〝反転〟つーか、〝反射〟っつーか……とにかく、返したのか? 方向性を……変えた? 前の集落ン時の砂嵐とかも、ああやって……? 今の光る円形、とかは……あーもう、何が何だかわかんねぇ! なあロースト~、おまえさん、わかるかぁ~!?」


「ンー。わかんねぇ」


「そんな気ィしてたよ、もぉよぉ~~~! はあ、さすがにコリャ、ワケ分からんぜ! ……ただ一つ、分かるコトっつったらよォ~……!」


 グググ、と右手で握りこぶしを作ったオーサンが――パッ、とそのこぶしを開き、ローストの頭へ向けて。


「―――何はともあれ、でかした! だぜ! 何がどうしてなったのかなんて、分かんねぇけどよ。俺達が助かったのァ……ロースト、おまえさんのおかげだ、それだけは確かだからよ!」


「? ン、ン……たしか」


「ああ、間違いねぇさ! それに襲ってきた奴らとはいえ、俺が言った通り、奴の体じゃなくバイクを狙ってくれたんだろ? おまえさん、よう分からんがスゲェだけじゃなく、優しいヤツだぜ! ガッハッハ!」


「ン、ンン、ンッ。……ン~……」


 オーサンにグリグリと頭を撫でられ、口は真一文字につぐみながらも、何となく気持ち良さそうに目を細めるロースト。


 さて、難は去ったところで、オーサンは改めて今回の件のについて言及した。


「オット、俺たちを狙った賊の命を案じるなんざ、あめぇなんて言ってくれんなよ? まあ、何となくな~……思うトコっつーか、勘っつーか、ウン。色々とあんのさ」


「? ……いろいろある」


「オウ、こんな世界だからなァ。ま……その辺の落とし前、つけに行こうか」


 言いながらオーサンは、倒れたまま動かない手練れの賊を見据みすえながら、ボリボリと頭をいた。

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