第19話 青く、青く。白く、輝く。

 海が、遠目には、のだということを。


 この終わった世界に生きる人間たちは、初めて知るだろう。


 白光が天を裂いたかの如く、空には雲一つなく陽光が差し込み、常に荒ぶる暴風もぎ、今この時だけだとしても穏やかな風が吹いていた。


 聞こえてくるのは、波の音だけ。


 そして、恐らく世界で唯一、海水が透き通っていることを実感している者は。


 けれど、そんなことなど、全く目に入らないように―――


「ローストッ……おい、ローストっ! しっかりしろ、オイッ!」


 ついた膝が、今や透明な海水に濡らされるのを気にも留めず、オーサンは純白の少女の上半身をかかえ、何度もその名を呼ばわっていた。


「何でだよっ……おまえは、知ってたのか? 海に来たら、って……ために、海を目指したのか? そんなコト、おまえがやる必要ねぇだろ……おまえと引き換えにしてまで、やるコトなのかよ! 俺ぁ、どんな世界と引き換えにしたって……おまえを失いたくなんて、ねぇんだよ!」


「……………………」


「ロースト……答えてくれよ、なあ……っ」


 少女の体からは、一切の力が、抜けきっていて。


 今まで砂粒一つさえつかず、汚れもしなかった、ワンピースのように着ていたガウンも――海水に、濡れていて。


 そんなローストへと――オーサンは、何度も、何度も、呼びかける。


「ロースト、なあロースト……で終わりだなんて、そんなバカな話、ねぇだろ……おまえ、言ったじゃねぇか……確かに、俺に……言っただろ」


「…………………ン」


 小さな口から、かろうじて漏れた声は、短く、消え入るようで。


 オーサンの大きな口が、震えるように、祈るように、紡ぐのは。



「旅を、したい、って……おまえ……言ったじゃねぇかよ……」


「……………………」


「なあ……俺と、旅するんだろ……なあ、ロースト―――っ」



 問いかける、オーサンに、答えるように。


 薄く目を開いたローストは、それまで力なく垂れていた手を、懸命に伸ばし。


「………する………」


「! ローストっ……」


 純白の小さな手を、大切なものに触れるように、壊さぬようにと、オーサンが優しく取ると。


 ローストは。




「する―――オッサンと、旅―――する」




 その答えに、己を呼んだ少女に――オーサンが、声を弾ませた。


「ロースト……ああ、ああ……そうだよ、そうさ、ロースト! 連れてってやるよ、オッサンが、どこへでも、おまえを連れてってやる! だから―――」


 目の奥からあふれた熱いものを、拭いもせずこぼしながら、オーサンが嬉しそうに何度も頷くのを――銀灰色シルバーグレーの瞳が見つめて。


 ほんの、少しだけ、小さな手に、握り返すような力が、籠められ。


「………………」


 ゴツゴツとした大きな手から、羽のように軽い純白の手が、すり抜けるように落ちていき。


 ぱしゃん、と水面を叩き、動かなくなる。


「……ロースト?」


「………………」


「おい、ロースト……冗談、よせよ、なあ。ロースト……ロースト」


 何度も、何度も、その名を、呼びかけても。


 閉じた目は、開かず。


 そうして。



「ローストぉ――――…………!!」



 ローストは。





 ―――――眠りについた―――――


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