第17話 星空と、未来。

 つい先ほどのバイクチェイスでも横切った岩場の、特に風除けできそうな場所を探して陣取り、オーサンは枯れ枝をべながら焚き火を絶やさぬようにと見張る。


 豪勢ささやかな食事は既に終え、ローストは目を細め、うつらうつらと舟をこいでいた。細く小さな体には、オーサンの大きなコートをかけていて。


 静かな荒野の只中ただなか、パチパチと焚き火の音だけが響く――終わった世界で、けれど穏やかな、不思議と心休まる一時に。


 オーサンの口は、自然と動いていた。


「……俺ぁさ、親の顔も知らないンだけどな。俺が赤ん坊の頃、全滅したどっかの集落で、バイクで旅してたに拾われてよ」


「? …………」


 オーサンが急に始めた一人語りに、ローストは首を傾げつつ、彼をジッと見る。


「まあ血のつながりなんて無くっても、それからじいさんが俺の家族だったよ。つってもじいさんも旅人で、俺は別の集落に預けられてたんだけどな……けど、じいさんがたま~に集落に顔を見せるたび、聞かせてくれる土産話が、俺には楽しみでなァ。色んなハナシ、聞かせてもらったもんさ」


「………………」


「だからだな、じいさんがポックリっちまったあと、俺もバイクで旅し始めたンだ。相棒とは、それ以来の長い付き合いよ。じいさんと同じように、一人旅して、色んなモン見て、変なモン食って腹壊したりして……まあ、気ままなモンさ」


〝へへっ〟と鼻を擦りつつ笑ったオーサンが、見つめていた焚き火から、純白の少女へと視線を動かす。


「でもなァ……じいさんから聞いた話とも、俺自身がやってきた一人旅とも、違う。俺はな、ロースト、おまえさんと出会ったンだ」


「? ロースト……わたし」


「ああ、そうさ、ローストとだ。そりゃ、初めは成り行きっぽかったし、二人旅なんて初めてだから、戸惑ったモンよ。アラニの姐さんが言ってた通り、俺ぁデリカシーも無いからなァ、おまえさんも変な奴に拾われたモンだぜ、ガハハ!」


「……………」


「でもよ。……ああ、でもなァ……一人じゃなく、二人で。一緒にメシ食って、一緒に同じモン見て、一緒の時間を過ごして……一緒に、旅するコトが。ローストとの旅が、って、俺ァ知っちまったんだ」


「………たの、しい………」


 ぼんやりと呟くローストの、銀灰色シルバーグレーの瞳をまっすぐ見つめながら、オーサンは尋ねる。


「なあロースト、おまえさんは〝海へ行く〟っつったが、その後はどうするんだ? 何も、海を見たらそれで終わり、ってワケじゃねぇだろうし」


「…………」


「バイクで旅してりゃさ、そりゃ色々とあるぜ~? 文明の跡地で面白いモン見つけたり、バカでっけぇ変な動物と遭遇したり。ガッツリ肉食えることもあるし、滅多にねぇけど珍しい果物とか採れるコトもあるし、たまにゃウメェ飯にもありつける! まあ今日みてぇに賊に襲われたり、バケモンみたいな肉食獣に襲われたり、怖い目にうコトもあるけどよ、ガハハ」


「………ン………」


「でも、ああ、でもな。旅してりゃ、良いモンも悪いモンも、ウマいモンにも、怖いモンにも、色々と出くわす。そんで、たまにゃぁよ」


 砂塵の吹き荒れる荒野で、それでも強風は時としてぎ――オーサンは空を見上げ、口元を穏やかにゆるめる。


「こうして、キレーな星空を見られるコトだって、ある」


「………………」


 オーサンの真似をするように、ローストも空を見上げ。

 二人で望む、夜の空は。



 煌めき輝く、満天の星々―――今にも落ちてきそうなほど、存在感が鮮明で。

 手を伸ばせば掴めそうなくらいに―――強く、またたいていて。



 文明の終わった世界で、それでも、雲一つない星空は美しく。

 を眺めたまま、オーサンは気恥ずかしそうに笑った。


「なんつって、俺にゃあ似合わねぇな、ガハハ! とにかくだな、ロースト。おまえさんに海を見せた後も、俺は旅を続ける。そんで、こんな世界でも、笑って楽しんでやるってなモンさ!」


「………………」


「ロースト、おまえさんは、どうだい? まだまだ見たコトねぇモンもあるだろ。旅してきた俺だって、見たコトねぇモンの方が多いくらいさ。色んなモン、見てみたくねぇか? そうしてよ……一緒に、同じモンを見て、旅していけたら」


 鼻の頭を擦りながら、オーサンは、ただ短く告げる。



「きっと、楽しい」



 言って――煌めく星空を眺めながら、短い沈黙。


〝あ~っ〟と照れくささを誤魔化すように、オーサンが頭を掻きつつ、答えを聞こうとする……と。


「だからな、その、何だ……そう! ローストは、〝旅をしたい〟か? それとも、〝したくな――」



「―――へっ?」


 オーサンの質問を食い気味に、短く、けれどハッキリとした答えを。

 いつの間にか、星空から、オーサンへと視線を映していた、ローストが。


 もう一度、小さな口で、紡いだ。



「したい―――旅を、したい」


「! そ、りゃァ……ホント、かい?」


「ン。ホント」


「っ。そっか……ハハ、そっか! そいつぁ、良かったぜ! ホントによう!」



 一瞬〝ズズッ〟と鼻をすすったオーサンが、気を取り直すようにニカッと笑い、ローストに促す。


「んじゃ、今日はもう、休むとしようぜ! 明日には、もう海に着くからよ!」


「ン。……ンン……やすむ……」


「オッ、眠そうだな? へへっ、まあ焚き火の番と見張りは任せときな、慣れたモンだからよ! 俺ぁ居眠りしながら警戒すんのが特技なんだぜ、って安心できねぇかソリャ、ガッハッハ。まあいいや、おやすみ、ロースト!」


「ン~……おやすみ……すう、すう……」


「オウヨっ。……ああ……楽しみだなァ……へへっ♪」


 見張りを続けつつ、ローストの寝顔を横目に、笑いながら。

 終わった世界の真ん中で、〝未来〟の旅を思い描き、オーサンは胸を弾ませる。


 海は。


 もう、すぐそこだ―――

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