第32話


 思えば、アイツに会った時の頃かな?



 あの頃俺は、とくに何も考えずに生きていた。


 何かを考えながら生きるって言うのが、そんなに立派なことだとは思わない。


 けど、“何もできないよりはマシだ”って、最近じゃ思うようになってしまった。


 全部アイツのせいなんだ。


 アイツが、わけのわからない提案をしてきたせい。


 ボロボロのキャッチャーミットを手渡されたあの時から、全ての日常が変わった。


 朝の日差しが、やけに眩しく感じるようになってしまった。



 俺たちはもう高校3年だ。


 来年には卒業して、早いやつは社会人になってる。


 正直まだ、先のことなんて考えられない。


 中学の頃だってそうだった。


 どんな高校生活になるのかなんて、当時は想像もできなかった。


 いつかは、みんな大人になる。


 成人して、結婚して、子供が産まれて…


 自分がいつか、しわくちゃのジジイになる日が来るなんて思えなかった。


 …いや、それはまあ、今もなんだけどさ?


 ふと、思ったんだ。


 先輩が卒業して、満開の桜の下で、流れる月日の速さを感じてた。


 “なに辛気臭いこと言ってんだ”ってこの前友達に笑われたけど、なんとなくさ?


 いつかはみんな死ぬ。


 別にネガティブな発言でもなんでもなくて、真面目な話。


 去年婆ちゃんが亡くなって、誰かが死ぬなんてその時までは思ってもみなくて、どうすればいいかもわからなかった。


 婆ちゃんがいなくなったなんて信じられなかった。


 寝室の襖を開ければ、吉本劇場を見て笑ってるいつも通りの笑顔が、午後の日照りが、涼やかな風鈴の音の向こうに続いてると思ってた。


 夏は終わらないと思ってた。

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