第23話




 「千冬!」



 彼女と過ごしていく日々が、内気だった彼の人生を変えていった。


 千冬は、彼にとってヒーローだった。


 どんな時も、どんな大きな問題にも、逃げずに立ち向かっていく。


 逃げていたばかりの彼にとって、彼女は信じられないほどに逞しかった。


 年も見た目も変わらない女の子が、どうして、そんなに強くなれるのだろう。


 不思議でしょうがなかったのだ。


 彼女のことが気になっていくうちに、自然と野球に興味を持つようになった。


 『世界一』


 その言葉が頭の中に掠めるようになったのは、彼女の夢が叶わないと知った時だった。


 千冬は女の子だった。


 大人になっていくにつれ、周りの男子との差は大きくなっていった。



 気持ちでは、どうしようもないことがある。



 千冬は、そう呟いた。


 中学3年の頃だった。


 女の子は女の子らしく生きる方がいい。


 周りにもそう言われ、次第に悩むことが多くなった。


 子供の頃に思い描いていた理想の「ストレート」は、日に日に影を潜めるようになっていった。


 彼女は言いようもない感情に苛まれていった。


 周りの同級生はみんな、将来に向けて前進している。


 仲の良かった幼馴染の子は、看護師になりたいと言って、2年の冬から猛勉強をしていた。



 じゃあ、自分は?



 ふと、我に帰った時、泥まみれの手が、急に醜く感じられるようになった。


 誇らしかった破れかけのユニフォームは、見窄らしい布切れのようにも見えた。


 なんで野球をやってるんだろう?


 今まで信じてきたものが崩れ落ちそうになり、自分の歩いてきた道が、間違っているとさえ思うようになった。

 

 高校でも野球を続けるつもりだった。


 まだ、夏の頃は。


 しかし、最後の夏の大会が終わって、自分のせいで負けた準決勝のマウンドを思い出すたび、挫けそうになる気持ちがあった。


 いっそ野球を辞めて、新しい目標を見つけた方がいいんじゃないか。


 新しい自分を探した方がいいんじゃないか。



 いつしか、そう思うようになっていた。

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