第33話



 蝉時雨の鳴り響く8月が遠のいて、海は少しずつ穏やかな波の音をかき分けて、季節の変わり目に吹く風が少しだけ、明るい日差しを啄んで。



 これから自分が、どんな未来に向かって歩いていくか。


 そのことをいつも、アイツと話し合ってた。


 高校に入ってからは、そんな会話もしばらくしていなかった。


 地面に足がついた、って、言えばいいのかな?


 アイツの夢を否定するつもりはないし、むしろ、いまだに頑張って欲しいと思ってる。


 「無理」は承知の上だってわかってた。


 “そんな簡単なことじゃない”って、ことくらいは。



 だけど、そういうんじゃないんだ。


 俺たちは、——彼女は、いつも夢を追いかけてた。


 できるとかできないとか、そんな理屈で動くようなやつじゃなかった。


 雨が降る。


 そんな気配のする曇り空でも、迷わず靴を履いて、外に出るようなやつだった。


 その視線の先にはいつも、「空」があった。




 「こんにちは」




 雨上がりの街。


 スクランブル交差点の中心。


 夥しい電線が入り混じるいくつもの信号機。


 その向こうには、晴れ上がる青があった。



 「え?」



 耳を疑った。


 というか、何かの聞き間違いだと思った。


 人混みの中に響く足音は、雨脚のように途切れのない歩調を運んでいた。


 その最中を切り裂くように通り過ぎた声。


 聞き覚えのないはずの音色が、なぜか、耳の奥をくすぐるように届いた。

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消滅都市のベッケンシュタイン 平木明日香 @4963251

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