第6話
「スキルス胃がんです」
医師から病名が告げられたとき、僕たちは婚約届を出して、まだ半月も経っていなかった。
何かの間違いだとは思った。
つい最近まで、普通に生活していた。
結婚生活を始めるために、2人でマンションの下見をして、どんな間取りがいいかを話し合っていた時期だった。
僕は母親の仕事を継ぎ、神戸市内へ新しい店を建てるために奔走していた。
母は海岸線沿いにあるガレージで、小さなバイク屋を営んでいた。
錆びれた白いトタン壁で覆われたガレージは、僕と彼女にとっての憩いの場だった。
とくに、子供の頃は。
「全然実感湧かんわ」
「何が?」
「だって、がんやで?びっくりしたわ」
彼女が強がっていないことは知っていた。
少なくとも、僕の前では他人事のように振る舞っていた。
まるで自分のことじゃないかのようだった。
先生に言われた時もそうだ。
悲しむ素振りもなく、不安がる様子もなかった。
ただ、驚いていた。
実感が持てていないようでもあった。
朝、目が覚めた時のような、——そんな夢見心地な目で、戸惑って。
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